何か欲しいものはあるかい? と聞かれたので、時間が欲しいですとねだってみた。
一緒にいれる時間が欲しいな。傍にいてくれたらそれでいいです。
面食らったような顔をして、そんなんでいいの? と言った沖田は、嬉しそうにいいよと頷いてくれたのに。
寒い部屋でひとりぼっちだ。山崎はふてくされて、何度目かの寝返りを打った。
そもそも山崎のせいだった。と言えば言い方が違う。山崎の手柄が原因だった。
ちょっと気になったことを調べたら、面白いように手がかりが増えて、調子に乗って調べ続けたらでっかいヤマに当たったと、そういう話。
討ち入りだ何だという大きな祭りがこの頃なかった隊内は当然のように活気付いて、一番隊から三番隊まではとりあえず総出動だ。
よくやったな、お前のおかげだ、そういえばお前誕生日だろう、疲れてもいるだろうし、ゆっくり休んで好きに過ごせ。
それは近藤の優しさだった。お前の仕事はもうねえからな、と許可を出した土方のそれも、優しさだったろう。
でも、どうせなら、現場でみんなと忙しなく動けたほうが、幾分かマシだったかも知れない。
だってそんな、難しいことじゃないだろうよ。
空しくなったと同時に悲しくなって、山崎は両目をごしごしと擦った。涙はまだ出ていないが、出てからじゃ遅い。こんなことで泣くなんてどこの乙女だ少女マンガか。
鼻の奥がつんと痛かった。あれです、花粉の季節だからです。
だってそんな、難しいことじゃあ、ないだろう。
一緒にいたいだなんて。ほとんど毎日できていることが、ねだるまでもなく叶えられていることが、どうして今日に限って叶わないのだ。ただ、のんびり、お茶を飲んだりお菓子を 食べたり眠くなったらごろごろしたり、したいだけだった。
それが無理でも、ただのんびりと、おめでとう、と言って欲しいだけだった。
朝ちらっと顔を見た沖田は、目が合えばすまなそうな顔をして、山崎の方に駆け寄ってこようとしたのだけれど、それも他の隊士に阻まれてしまった。
仕方が無い。だって隊長だ。仕事は山のようにあるのだ。
今日中には終わらないだろう。なんせ、結構でっかいヤマだったのだから。あそこで深入りしなければこんなことにはならなかった、と思いっきり私情を挟んで嘆き、山崎はぐずぐずと丸まって目を閉じた。
ちゃり、と金属が軽く触れ合う音がして、次いで手首にひやりとした感触。
手錠を閉められるような錯覚。山崎は息を呑んで、勢いよく起き上がった。
「う、わ……びっくりした」
握られていた手首から相手の手を振り払うようにした山崎に、驚いた顔でちょっと背を逸らしたのは沖田だった。
「あれ……? 沖田さん?」
「うん、俺。起こしちゃってごめんな」
申し訳なさそうに一度謝った沖田は、山崎が乱暴に弾いた何かを拾いに行き、あーあ、と嘆息する。
「すいません、俺、手錠的な何かかと思いました」
びっくりした、と言えば、沖田は少し笑って、悪ィ、ともう一度謝る。
山崎の手を恭しく取って軽く手の甲にくちづけてから、拾い上げた銀色のそれを再び山崎の手首に当てた。
「……時計?」
「まあ、手錠的な何かっつーのは、間違ってねェかも」
笑いながら、ぱちん、と留め具を鳴らす。
山崎の手首で、ちゃり、と軽く冷たい音が鳴って、それと同じ音が沖田の手首からも同時に鳴った。
「じゃーん。おそろいだぜ」
照れ笑いをしながら、沖田がずい、と自分の腕を差し出す。
山崎の腕にたった今付けられたのと同じ時計が、沖田の腕でも時間を刻んでいた。
一緒にいられなくてごめんな、と沖田は心底すまなそうな声を出して、山崎の頭を抱き寄せた。
されるがままに沖田の胸に体重を預けた山崎は、その背中に手を回し、隊服をぎゅっと握る。
火薬の匂い。着替える前に来てくれたんだなあ、と気づいて、嬉しくなる。
同時に、申し訳なくもなった。
「……ごめんなさい、俺が我侭言ったから」
「何がワガママ?」
「……一緒にいたいって、別に、よかったのに。着替えてからでも」
ご飯食べました? と山崎が顔を上げれば、沖田がちょっと怒った顔で山崎を見下ろす。
「アホ。着替えてたら、間に合わなくなっちまうだろ」
カチ、カチ、と規則正しく、お互いの手首にから聞こえる音が、同時に時間を刻んでいく。
それに目を落とした山崎は、あ、と声を上げた。
「あと10分か」
同じように山崎の時計を覗き込んだ沖田が、悔しそうな声を出す。
そのまま山崎の背に回していた腕に、きつく力を込めた。
「おめでとう、退」
「ふは、ありがとうございます」
「まーたお前が先に年食っちまった」
「仕方ないでしょ」
「置いてくなよ」
ぎゅ、と、山崎の着物を握る沖田の指が、まるで縋るようで山崎は目を細める。
「俺を、置いて、先にどっかに行くなよ」
俺もすぐに追いつくから。大人になってみせるから。
待ってて、と呟くように言って、沖田が山崎の顔を覗き込む。
ふふ、と笑いを零した山崎が目を閉じるのを待って、沖田の唇が、山崎の唇を柔らかく塞いだ。
来年も、再来年も、その次の年も、ずうっと。
おんなじ時間を刻めますように。
山崎の肌に唇を滑らせながら、沖田が笑い混じりに言う。
触れる吐息のくすぐったさに笑いながら、山崎は沖田の柔らかい髪に指を滑り込ませた。
「……明日もあさってもその次も、来年も、その先ずうっと、俺のそばに、いてくだせェ」
言いながら、大人のように沖田は山崎の柔肌に歯を立てる。
「沖田さんこそ、俺を置いてかないでね」
「まさか」
「どうだか」
「ひでえ」
「だって、沖田さんは、俺よりずうっと大人だもん」
「どこが?」
「内緒」
「山崎」
「だって」
手首を握ると、ちり、と音がする。
導くように沖田の手を自分の胸の上に乗せ、山崎は緩く目を閉じた。
「俺はこんなにドキドキしてるのに。それで子供だなんて、ずるい」
どんどんかっこよくなって、俺を捨てていかないでね。
囁くように言う山崎の唇を、沖田がそっと塞ぐ。
指をしっかり絡めあったお互いの左腕から、カチ・カチ・カチ、と規則正しく、同じ音が響いている。日付が変わった後も、ずっとだ。