これは恋ではないだろう。愛してしまっているのだ。
いつまで経っても子供扱いしてんじゃねェよ、という土方の声には本気の苛立ちが滲んでいた。
好きだって言ってんだろうが、という声が少し上ずっている。それが嬉しい。そしてすごく悲しい。
「もそっと大人におなりなさい」
言えば、かっと血が上ったのだろう土方は顔を赤くして、乱暴に山崎の体を押し倒した。畳に背中をぶつけた衝撃に息を詰める山崎に、無遠慮に唇をぶつける。加減を知らないのでがん、と歯が当たる。切羽詰ったように舌を滑り込まされて、山崎は逃げるように体を捩った。
「子供じゃねェってこと、分からせてやる」
暴れる山崎の手首を頭の上に一まとめするようにして、土方は獰猛な目で山崎を見下ろす。
山崎の喉が、こくりと鳴る。
そういうところが子供だと言うんです、と言えば、その言葉を途中から噛み切るような勢いで再度唇が重ねあわされた。
子供じゃないと言えるところが子供なのです。
大人だと主張してみせるその青さが何より子供なのです。
好きだから抱いてもいいとか、恋であれば何をしてもいいとか、そもそも、こんな感情を恋だと、簡単に断じることが出来るその甘さが、子供なのです。
山崎の頭で渦巻く言葉は、一つもきちんと形にならず、全て土方の舌に絡め取られ口の中に吸い取られていく。
肌を無遠慮にまさぐる手が熱い。竹刀だこが皮膚に引っかかって痛い。
やめて、と何度も言うが、土方の手は止まらない。
上ずる声で、やめてくださいお願いします、と懇願したら、土方が少し嬉しそうな顔をした。趣味が悪すぎる。
「声はテメェで噛み殺せ。黙って俺に抱かれてろ」
犯罪者のようなことを言って、土方はそれきり、言葉を発しなかった。余裕のない荒い息だけが山崎の鼓膜をじわじわと犯していった。
やめてください、と掠れる声で山崎は言った。
お願いですやめて、と涙声で言った。
俺なんかを大事にしないでくださいよ、という、祈るようなそれは、ちっとも声にならなかった。
まあ、そういう風に体が出来ていないので、痛みもするし血も出るし、手酷くされては快感なんて一ミリも感じられなかったりする。それが道理というものだ。
なのに、どうして土方がこんなに暗い顔をしているのか、山崎にはちっとも分からなかった。正確に言えば、分かりたくなかった。
どうしてそんなこの世の終わりのような顔で俯いているのだろう。こんなことになるだなんて少し頭を使って考えたら分かるだろうに。それでもこうしたのは自分のくせに。
「土方さん?」
あまりにもその顔が暗いので心配になって声をかければ、土方の肩が怯えるように震えた。
「顔を、上げてくださいよ」
なんだか俺がいじめているみたいじゃあないですか。
山崎のその言葉に、土方がゆっくりと顔を上げる。恐る恐ると言った様子で山崎の方へと振り返り、そこでやはり絶望したような顔をした。
「…………泣くなよ」
搾り出すような声が土方の口からやっと零れる。山崎が怖くなるほど弱々しい声だ。そんな声を向けられて、山崎はもう死んでしまいたいような気持ちになる。
「泣いてません」
「泣いてっだろ……」
むしろ泣きそうなのはあんたでしょう、と反論しようとしたが、ちょうどそのとき目から零れた塩辛い液体が唇を伝って流れ落ちたので、言うタイミングを見失った。次から次へと流れてくるので、うっとうしくてかなわない。
「泣いてません。勝手に出てくるだけです」
「勝手に出てくるってことがあるかよ」
「涙腺まで壊れたんでしょうよ、きっと」
流れる涙をぐい、と腕で拭えば、伸ばされようとしていた土方の手がぱたりと畳に落ちた。
あんたの手は俺の涙を拭うためなんかにあるんじゃないでしょう、と言ってしまえば、土方が泣くような気がしたので、山崎は言いかけて口を噤む。
「だって、俺は、お前が好きなんだよ」
土方が頭を抱えるようにして呻いた。
「だから駄目なんです」
「何が」
「俺を好きだってあなたが言う、それが駄目だと言っているんです」
「何で」
「だって、俺が、あなたを好きだから」
言うと同時につ、と再び流れた涙を、山崎は掌でぐい、と拭いた。
土方が驚いたように顔をあげ、呆けたような顔でそんな山崎を見つめる。
動揺したように視線を揺らし、瞬きの回数が少し多くなっている。喉がゆっくりと上下して、唇が開いたり閉じたりしている。
そんな簡単に心を揺らしてどうするんですか。と、山崎は泣いてしまいたい。
「俺が、あんたを好きで、めいっぱい好きで、あんたを甘やかしてぐずぐずに溶かしてやりたくて仕方がなくて、あんたが幸せなら世界はそれで正しいと思っていて、俺の生きる意味がそこにあるから」
「…………」
「だから、駄目なんです」
ゆっくりと、子供に言い聞かせるようにはっきりと言った。
真っ直ぐに土方を見つめたままの山崎の目を、土方が恐る恐る見返す。
わからない、というように顔を顰めている。泣きそうな顔だ。やりきれない。
「じゃあ……、お前が俺を好きなら、じゃあそれでいいじゃねえか」
やっと出された声は震えていた。土方はそのまま山崎に手を伸ばす。ゆっくりと躊躇うような、けれど、しっかりと欲しがるような真っ直ぐとした動きで。
山崎はその手を自分から取って、優しく握り返した。
「俺のことを好きだなんて、そんな錯覚はお捨てなさい。近くに女がいなくて血が濁ってしまっているから、そんなことを思うんです」
「違う!」
「違いません」
「山崎!」
土方が叫ぶような声で山崎の名前を呼んだ。非難するような声だ。懇願するような声でもある。
山崎はそれには答えず、静かに首を横に振った。流れっぱなしになっている涙が、それにあわせて少し落ちる。ぽと、と雫が、山崎の手の中にある土方の手に落ちた。
「……俺が子供だから、駄目なのかよ」
土方が、山崎の手を握り返すようにする。きつく一度力を込めて、それから少し自分の方へと山崎を引き寄せるようにした。山崎はそれにあまり逆らうことなく、ずる、とされるがまま土方に近づく。
「違うよ」
「じゃあ、何で」
「……あんたが、子供じゃないからだよ」
ぐ、と強く腕を引かれて、山崎の体が土方へ向かって緩く倒れた。
土方の腕がそれを支えるように抱きとめて、涙に濡れた山崎の顔を覗き込む。その瞳が、不安そうな色をしている。乞うような目だ。
山崎の目から、溢れるように涙が流れ落ちた。
子供じゃないから、きちんとした立場にある大人だから、信念を持ってそれで生きている立派な人だから。
大切なものも守るべきものも、ちゃんと知っている人だから。
命を懸けるに値する、そんな人だから。
「俺なんかに、執着しないで」
言葉一つで不安になったり、仕草一つで心を乱したり、感情を抑えきれなくなったり、欲を持て余したり。
そんな不安定な気持ちを、自分なんかに抱いてはいけないのだ。立派な人だから、立派になる人なのだから、自分なんかがまとわりつくことで、暗い影を道に落としてはいけないのだ。
ただ、ただ、道を照らす道具でいたい。
傍を歩くことで、影を作ってしまいたくない。
道を照らす道具であって、道を切り開く道具であって、それだけでありたい。
欲しいんじゃない。手に入れたいんじゃない。
幸せになって欲しいだけだ。
だから触れないで欲しいのだ。
「山崎」
土方が静かに山崎の名前を呼んで、その体を支えていた手をゆっくりと頬へ滑らせた。
涙を拭うようにその掌が優しく動く。
「俺は、俺が思うよりずっと子供かも知れねえけど、お前が思うよりは、多分ずっと大人だよ」
ふ、と土方が笑った。
いたずらっ子の笑い方だ。
「欲張りだからな。世界も広い。幸せになって、夢も叶えて、その上でお前も手に入れてやる」
それでいいだろう、と言った土方の笑い方が、小さな子供を宥めるような、甘やかすようなそれだった。
山崎は答えられない。黙ったまま、土方の笑い方をじっと見ている。
そんな山崎に土方は少し困ったような顔をして「痛むか」と今更のように、聞いた。
ひどくしておいて血を流しておいて拒絶を無視して泣かせておいて今更痛むか、だなんて。
「……痛いに決まってんじゃんクソガキ」
山崎の言葉に土方は一瞬両目を見開いて、それからク、と口角を上げた。
山崎の髪を優しく撫でて、そっと唇を近づける。
山崎は目を閉じて、自分の体を柔らかく抱く土方の体をきつく抱きしめた。
大事にしないでください守ろうとしないでください。恋だなんてそんな不安定なものでそんな風に思わないでください。
幸せになって欲しいだけなのに。だから駄目だと言ったのに。
ほら。手放せなくなってしまった。
「土山で年下×年上」というリクエストー…だったのですが、どうでしょう。萌え語りで散々年下×年上のらぶらぶ!みたいなことを言っておいて、これかよみたいな。
どんくらいの時期でどうこう、というのはあまり具体的に考えてませんが、組が出来たばっかりくらいのときで、山崎が入ってしばらくして、かな。まだいろんなことが軌道に乗ってない時期を想定して書きましたがあまり関係ないか。
相変わらず、書いていてとても楽しかったです。
リクエストありがとうございました!1ミリでもお気に召して頂けるところがあったら嬉しいです。