だるいしんどい頭が痛い気持ちが悪い喉が痛い。
 いつもいつも横暴な上司に休みなく扱き使われてるからこんな風邪なんてひくんだ。絶対副長のせいだ絶対そうだ最悪だバーカバーカ。
 半分ほど夢の中のぼんやりした世界でそんなことをぐるぐる考えて唸っていれば、熱いんだろう額に、ひやりと冷たいものが当てられた。

「……ふくちょう?」
 触れられるまで気配にも気づかなかったことに少し驚いて目を開ける。心底だるいので、それでもゆっくりとした動きにしかならない。
 俺の額に手を当てていた土方さんは、目を開けた俺を見て少し驚いたような顔をして、次いでふわりと苦笑した。
「起こしたか? 悪ィな」
「いえ……」
 掌が額からどけられて、少し寂しかった。あ、やべえ俺相当心が弱ってんな。
 なくなった土方さんの手の代わりに、硬く絞ったタオルが乗せられる。ひやりと気持ちいいそれは、さっきまで俺の額に乗っていたはずのぬるくなったのとは違っていて、俺はぼんやりと濡れた土方さんの手を見た。あれか、まさか、この人が絞ってくれたのか? まさか。
 その指で俺の髪を撫でながら、見下ろしてくる土方さんの目が優しい。
 少し、心配している風でもある。俺の妄想じゃないと、いいな。
「飯食った?」
「さっき、沖田さんが一応持ってきてくれたけど……」
「食べなきゃ薬飲めねーだろ」
「食欲ないんです」
 というか、市販の風邪薬とか、効くのか? けど医者に行くにもしんどいし、俺如きに医者を呼ぶのもどうかと思うし。
 土方さんは呆れたような顔をして、俺の頬に手をぴたりとつけた。ひんやりと冷たくて気持ちがいい。普段は熱いはずの掌がこれだけ冷たく感じるってことは、俺の熱も相当高いのかも知れない。
 冷たさが心地よくて、その手に擦り寄るようにすれば、土方さんの瞳の色が和らぐ。
「仕方ねえな。俺が後で、おかゆかなんか持ってきてやるよ」
「…………マヨネーズは勘弁してくださいね」
 言ったら、冷たく気持ちよかった手でそのままぺちんと頬を叩かれた。

「何、してんですか?」
 俺から離れ、そのまま部屋を出て行くのかのように見えた土方さんは、俺の予想に反して部屋の入り口とは反対側に向かった。
「何って、仕事だよ、仕事」
「仕事?」
 俺の部屋で? と瞬きをする俺をちらっと見て、ふ、と笑うその笑みがちょっとどきりとしてしまうほど優しい。
 あれか、あの、体調崩すと人が恋しくなるっていう、ああいう気弱な心で、そんな風に見えるのか。きっとそうだ。
 ただでさえしんどくって辛いのに、どくどくと速く打ち始めた心臓に眩暈がする。硬く目を閉じてやり過ごそうとする間、がたがたという音がして、離れていたはずの土方さんの気配が再び俺の傍に収まった。
 そろりと目を開ければ、俺の文机を布団の傍に寄せた土方さんが、その上に紙類を広げている。
「……何してんですか?」
「だから、仕事だっつってんだろ。ていうかお前な、部屋片付けろよ。せめて机の上くらいは整理しとけよぐちゃぐちゃじゃねーか。わかってんのかコレ、機密だぞ」
 俺が広げていた紙を神経質に机の端にまとめながら、土方さんが眉間に皺を寄せて文句を言う。
「うわぁ、A型」
「おめーが大雑把すぎんだよッ」
 まとめ終えた土方さんがくわ、と目を剥いて俺を見、それから一つ大きな溜息を吐く。
 手を伸ばし、俺の頭をぐしゃりと撫でてから、
「ここに居るから」
 と、静かに言った。
「……風邪、移りますよ」
「移んねーよ、おめーみたいにヤワじゃねーから」
「ああ、バカは風邪ひかないっていう、」
「こんな忙しい時期に風邪ひくおめーが馬鹿なんだよ死ね」
 ばし、と結構強く頭が叩かれる。ぐわん、と視界が揺れて、天井が一回転した。
「……きもちわるい」
「あ、悪ィ。吐くか?」
 強く目を閉じれば、土方さんの手が今度は優しく俺に触れる。
 心配そうな声に薄く目を開ければ、声音の通り心配そうな顔をした土方さんが、俺の顔を覗き込んでいる。
「だいじょうぶです。仕事、してください」
「……気持ち悪くなったりとか、なんか、して欲しいことがあったら言えよ」
 殊更ゆっくり俺から離された土方さんの手が少し名残惜しそうだった、というのも、俺の妄想じゃないなら、俺はすごく嬉しい。

 広げた書類らしき紙を、土方さんが真剣な表情でチェックをしていく。
 眉間に少し皺を寄せて紙を捲っていくその姿は、俺の二番目に好きな姿だ。
 昔は一番好きだった。こうして真剣に仕事をしているこの人が大好きで、この人のためになるのなら何だってしようと思っていた。
 今でもその気持ちはそんなに変わらないし、やっぱりすごく好きなのだけれど、この姿が二番目に降格したのは、俺を抱くときの土方さんの顔を一番好きになってしまったからだった。
 切羽詰ったような、焦った、堪えるような表情が好きすぎる。
 うっかり思い出すと熱が無駄に上がりそうで、んん、と喉を鳴らすことで誤魔化した。その音に顔を上げた土方さんが、大丈夫か? というような顔で俺に目を向ける。
「……すいません」
 やっべ邪魔した、と少し焦って謝れば、土方さんが目を細めて、「何が?」と聞いた。ちょっとぞくりとするほど、優しい声だった。
「……なんでそんな、今日、すげえ優しくないっすか」
 甘やかされている、という雰囲気に慣れなくて、布団の端を引き上げ顔を半分隠すようにする俺を見て、土方さんがちょっと笑う。
「今日、じゃねーだろ。俺はいつもおめーに優しいよ」
「どの口がそんなこと言うんですか、パワハラ上司」
「あれはお前、バッカだな、あんまり甘やかさないように自制した結果だろ」
「……自制して暴力振るうの? 何それ、むしろそっちを自制してくれよ」
「何ブツブツ言ってんだよ。病人は寝てろ」
 アンタがここにいるから寝れねーんです、と布団の中から文句を言えば、嘘つけ俺が近くにいた方が寝れんだろお前、と、しごく当たり前のように返された。

 人の気配に敏感すぎるほど敏感な俺は、基本的に眠りが浅い。それでも別に困ったことなどないから特に問題はないし、仕事柄気を張っていて当然というのもあるので、まあ仕方ないかと諦めている節もある。
 それが、何故か不思議なことに、土方さんの隣にいると、驚くほどぐっすりと眠れた。
 役割として本当は、土方さんの隣にいるときほど気を張っていなきゃならないんじゃないか、と思うのだけれど、傍近くに土方さんがいると、何故だか俺は安心してしまう。
 以前、それを謝ったことがあって、気をつけます、と言った俺に「別にいいんじゃねーの、そういうのも」と言った土方さんが、少しだけ嬉しそうだったことを思い出した。

 自分だって、神経質で、ちょっとの物音も気になって、特に事務仕事をするときなどは人が傍にいるとやりづらいと文句を言うくせに。
 わざわざ文机まで布団の傍に寄せて。
 汚かった俺の机を片付けて。
 書類の束を持ってきてまで。

「……そのために、来たんですか?」
「ん?」
 手元に目を落としたまま、土方さんが柔らかく聞き返す。
「俺を寝かせるため?」
「1、お前が心配だったから。2、こんな時期に寝込む馬鹿の馬鹿面を堪能しようと思ったから。3、お前が近くにいねーと落ち着かねーから。4、お前のために何かしてやりたかったから。好きなの選べ」
「…………じゃあ、2で」
「どんだけマゾだ、馬鹿」
 2以外が全部正解だよ、照れ屋の山崎くん。
 楽しそうにそう言って、土方さんが俺の方を向いた。
 からかうような、いたずらをするような、そんな顔をしている。いつになく恥ずかしくて多分ちょっと泣きそうな顔をしているんだろう俺の唇に、土方さんの指がそっと乗った。
「早く治せよ」
 軽く、唇を撫でるようにしてその指が離れる。
 小さく声を漏らした俺に、そんな顔すんじゃねえよ、と土方さんが苦笑した。

 手を握っていてください、と、言おうかどうか少し迷った。
 言えば簡単に叶えてもらえる気がして、仕事の邪魔をしたくないなという気持ちがわずかに抵抗した。
 布団から手を出して伸ばしてしまおうかどうしようか、と、上手く回らない頭で考える。
 とっくに俺から注意を逸らして再び手元に目を落としていた土方さんは、そんな俺の様子など知るはずもないだろうのに、何かに気づいたようにふと顔を上げて俺を見、そのまま布団の中に手を入れてきた。
「な、何、」
「手」
「て、」
「握っててやっから」
 寝ろよ、と、言われて、言葉通り探り当てられた手が優しく握られる。
 片手が塞がったら不自由じゃないですか、という言葉は、土方さんの甘やかすような柔らかい笑顔で封じられた。


 だるいしんどい頭が痛い気持ちが悪い喉が痛い。
 握ってくれている手は冷たくて気持ちがいいはずなのに、どうしてか、そこだけどこよりも熱く感じる。

 どうしよう、熱が上がりそうだ。

      (09.02.02)




「土山で年上×年下」というリクエストで書かせて頂きました。変わった事に挑戦してもあまり意味はないそうなので、いつも通りな感じです。たくさんの方にこれでリクエストしていただけたので嬉しかったのですが、それが少しでもお返しできてればいいな。
かっこいい土方さんを書きたくてやったのに、蓋を開けたら山崎を甘やかしたいだけみたいになりました。臆面もなく甘く優しくできる男が一番かっこいいと思うのだけれどどうでしょう。