だいたいそもそも付き合うって何ですか。
 好きです付き合いましょうっていう口約束をしたら恋人になれんの? 好きだよ愛してるっつってセックスしたらそれはもう恋人なの?
 たった二週間会えず、会う目途が立たないってだけでこんなに不安になってんのにそれって恋人って言えんの? 人類皆兄弟的なアレですか。馬鹿みてえ。
 と思いながら俺は廊下をぺたぺたと歩いている。
 手には携帯を握りしめていて、受信画面が開かれていて、そこに並んでるのは「土方さん」の名前ばかりだ。
 元々あまりメールだとか電話だとかそういうものをこまめにするタイプではない相手だし、俺もあまりそういうベタベタしたのを望んでいるわけではないので、会ったのは二週間前だけれど土方さん専用フォルダの受信履歴は一月前で止まっている。
 その、会った二週間前だって、たまたま懇談会か何かわかんないけど用があって学校に来てた土方さんと、たまたま会ったってなもんで、約束して時間を合わせてちゃんと会ったのは、やっぱり一月くらい前かも知れない。
 何故と言って、土方さんが受験生だからです。そんで、俺はまだそんな苦しみなんてずーっと先のことだと思ってる下級生だからです。終了。
「……会いたいなぁ……」
 ぽちぽちと小さなボタンを押してメールの新規作成画面を開く。
 宛先を入力して本文画面を開いて、そこで指が止まる。
「……お久しぶりです、元気ですか。勉強どうですか。俺は元気です」
 普段、あまり、メールをしないので、こういうときにすんなり言葉が浮かんでこない。
 独り言のように呟いて、指はちっとも動かない。
 まっ白い画面をじっと見つめながら、人のいない廊下をぺたぺた歩く。
「……寂しいです、会いたいです。好きです」
 付き合うって、なんだろう。
 大人になったらもう少しうまく、いろんなことができるんだろうか。
 ちょっと会えないだけで、たった二週間顔が見れないだけで、会いたいし寂しいし、それ以上に不安になる、とか。それって、付き合ってるって言えるのか。
 なんかもっとこう信頼とかそういうのあって然るべきなんじゃないのか。
 きつく、携帯を握りしめる。
 このまま連絡がずっとなくて、そしたら土方さんは卒業しちゃうのに、
「……どうしよう」
「何が?」
―――――ッ!」
 突然響いた声に顔を上げれば、怪訝そうな顔をしてこちらに歩いてくる人が見えた。
 土方さんだった。
 土方さんだ、でも、何で?
 何でここにいんの? 何で今出てくんの? それとも俺は夢を見てんの? 幻まで見て幻聴まで聞こえるほど病んじゃってんの? やばくね?
 土方さんの姿を凝視して動けない俺に、土方さんは実体を持ってどんどん近付いてくる。
 制服だけ来て鞄は持たず、だるそうに頭をかきながら。
「山崎?」
 硬直したまま答えない俺の姿に、土方さんの眉間の皺が深くなった。
 どうかしたか? と、心配そうな声が近くで聞こえる。
 腕を伸ばせば届くような距離。
「……あ、……えっと、」
「山崎?」
―――――さようならっ!」
「え、おい、ちょ、山崎ィ!?」

 土方さんの横をすり抜け、俺は全速力で廊下を駆けた。
 足が滑って転びそうになるのを二度ほど必死で耐える。廊下は走っちゃいけませんってこうやって危ないからですよね先生。でも今は俺と土方さん以外いないので見逃してください!
 けれど、できる限りの力で廊下を蹴りながら息を切らす俺の腕は角を曲がる直前でぐいと後ろに引かれた。
 一瞬体が宙に浮きかけ、廊下を蹴りそこなった足が落ち着く先を見失ってバランスを崩す。
 そのまま後ろに体がぐらりと倒れ、やっべ頭打つ! と固く目を閉じた俺の背中にぶつかったのは、妙に暖かくてそんなに硬くない、なんか妙に、馴れた感じのするものだった。
「……ひ、じかたさん」
「何逃げてんだよ」
 俺の腕を掴んでいた手が、俺の体の前に回る。
 そのまま抱え込むように抱きしめられ、うろたえる俺の耳元にぜぇぜぇという荒い息が届く。
「体ナマってんだよ……全力疾走させてんじゃねーよ……」
「すいません……」
「何、俺、なんかした?」
「……いえ、あの、」
 荒い、熱い息が耳元で繰り返されて、じりじりと体温が上がっていく。
 きつく抱きしめられ、もがいても逃げることができない。
「お、久しぶり、です」
「おう」
 二週間ぶりだなァ、と言って、土方さんは俺の体に回していた腕にますます力を込めた。
 上がっている体温がばれたら困る、とか、心臓が思いっきりばくばく言ってんのばれたら恥ずかしい、とか、ていうかそもそもここは学校の廊下じゃないのか、とか、いろんな思いがぐるぐるする中で、土方さんの「二週間」という言葉が俺の頭の中に残る。
「……二週間ぶり、ですね」
「それ今俺が言った」
「二週間って、数えてました?」
「二週間だろ。ジャンプ二回出たぞ、あれから」
「土方さん、マガジン派じゃなかったですっけ」
「うっせェ、だァってろ」
 土方さんの来ている学ランのボタンが、背中に当たって少し痛い。
 けれどそれほど近くにいるのだと思ったら、じんわりと何かが溶け出すような気持ちになる。
「……なァ」
「はい」
「何で逃げた」
「……ええと、」
「何」
「…………ひ、さしぶりで、なんか、どんな顔したらいいのかわかんなかった、ので」
「……バカ?」
「うっるさいなあ!」
「何で、」
「はい?」
「……何で連絡してこねェの、お前」
「だ、って、そんな、忙しいかも、とか思うじゃないですか。今勉強中だったら邪魔しちゃ悪いな、とか」
「いらねーよそんなん、息抜きさせろ」
「ていうか」
「あ?」
「…………メール、とか、電話とかして、邪魔だなって思われたくなかったっていうか……」
「……」
「うぜェ、とか、思われたらすげえやだな、と思って。ったら、できなかった、っていうか……」
 バカ? と心底呆れた声音でもう一度土方さんが言った。
 荒い息はもうおさまっているのに、腕の力がちっとも抜けない。
 俺の首筋に鼻先を擦りよせるようにして、土方さんが俺を抱き締めなおす。
「つーか、だったら自分からしてきたらいいじゃないですか。土方さんから連絡くれたら俺だって」
「バカ。俺からそんなんしたら際限なくなっだろーが。受験生だぞ、俺は」
「……意味わかんないですよ、それ」
「で、我慢してたのに、お前全然メールも電話もしてこねーんだもん」
「だって……」
「もー限界」
 腕に入っていた力が土方さんの言葉と同時に抜けて、俺は腕の中からやっと抜け出す。
 ほっと一息ついていれば、またきつく腕を掴まれて、「今度はこっち」と体を反転させられた。
 ぐらりと揺らぐ体が、今度は向き合う形で土方さんの腕の中に納まる。
「……ねえ、」
「何だよ」
「ここ、学校ですよ」
「構うかよ。充電させろ」
 頭を押さえつけられるようにして、きつく抱きしめられる。
 慣れた土方さんの香りが鼻先を擽って、あー何で俺二週間もこれがなくて生きていかれたんだろうなあ、と、会えない間のことが急に不思議に思えた。
 心臓の音がとくとくと聞こえる。
 少し速いのは気のせいじゃないといいな。
「……あ、俺私立受かったから」
「え! マジですか! おめでとうございます」
「うん。でも本命国立だし」
「でも、とりあえずは安心ですね」
「うん」
「あ、じゃあ今日はその報告に来てたんですか?」
「……がっかりした?」
「え、な、何で?」
「お前に会いに来た、とか、言ってやればよかった?」
「ばっ、ちが、そんなんいりません!」
 低い笑い声が頭上で響いて、俺は突然恥ずかしくなる。
 何もかも見透かされている気がして悔しい。自分ばっかり悩んでいるようで、結局それを土方さんにこうやって宥めてもらわなければ何一つ信用できないみたいだ。
 恥ずかしくなって情けなくなって、腕の中から抜け出そうともがく俺の動きを、土方さんが強い力で抑え込んだ。
 痛い、と思うくらいの力だった。
「……ウソ」
「はい?」
「報告に来たのは本当だけど、こっちの校舎まで来たのは、お前に会いに来たからで」
 とくとくと響く、心臓の音が速い。
「忙しくないはずのお前からの連絡がちっともねーから、会いたいの俺だけかとか、でもまだ二週間だしとか、いろいろ考えて、」
「……はい」
「声だけでも聞きたいとか、いろいろ気になって勉強手につかねーし、でもそれで落ちたらかっこわりーし、と思って頑張った」
「……土方さん」
「けど、今も十分かっこわりーな」
 悪ィ、と謝って、土方さんの腕から力が抜けた。
 自由になった体を少し離して顔を見上げれば、土方さんがやさしい、けれど少し困ったような顔で俺を見下ろしている。
「……っ」

 やばい、ちょっと、泣きそうだ、これは。

 ごまかすために、土方さんに抱きついた。背中に腕をまわしてきつく力を込める。
「山崎?」
「かっこ悪くないよ」
「…………」
「俺も会いたかった」
 いつもより少し速い心臓の音を聞きながら、ちっともメールにできなかった気持ちを絞り出すように声にする。
 俺の背中に土方さんの手が回って、やさしく抱きしめてくれたのがわかった。
「……俺ねえ」
「うん」
「土方さんのこと、好きです」
「……うん」
 好きですよ、ともう一度、少しはっきりとした声で言った。
 俺も。という短い言葉が返ってきて、それだけで走り出したくなるほど嬉しかった。

 心地よく響く心臓の音を聞きながら、あともう五分くらいこうしてたいなあと思っている。
 五分くらいこうしていて、それが終わったら、たまには手を繋いで帰りたいなあ、とか。

      (09.03.14)




「土山で年上×年下で3Z(現代)」というリクエストで書かせていただきました。青春!
なんかいろんなことを大げさに考えて素直に受け止めてぐるぐるしてるような学生が書きたかったのです。恥ずかしさに楽しさが勝った!楽しかった!
3Zの土方さんは原作のよりも素直でストレートだったらいいなあと妄想しています。恋に一生懸命になってたら可愛いなあと思っている。
楽しかったです。ありがとうございました!