温かかった肌がどんどん冷たくなっていくこと、
柔らかな唇が冷えて固くなっていくこと、
悪夢のように繰り返し、焼けつき離れてくれないのだ。
「土方さん! お待たせしました!」
「おせーよ」
校門に背を預けていた土方は、響いた山崎の声に顔を上げた。
鞄をぱんぱんに膨らませ、肩には体操着の入った袋をかけ、卒業証書の入った筒を握りしめた山崎が息を切らせて走ってくる。
「ふわー、重い!」
「そんだけあったら当たり前だ。つーかそもそも、一月中に持って帰れって言われてたろうが」
何でそんな大荷物なの、と呆れた顔をして、土方は山崎を上から下まで眺める。
華々しく卒業式で送り出された三年生とは思えない、情けない姿だ。
「だって面倒くさかったんですもん」
ぶう、とわざとらしく口を尖らす山崎の額をひとつ叩いて、土方は歩きだした。あわてて山崎もそれを追う。山崎の背中で、体操着の入った袋がぼんぼん跳ねる。
「ね、なんかちょっと、こう、持ってくれるとかないですか?」
「ないな」
「ええー」
「ええー、じゃねえよ。俺はもう持って帰ったの。ちゃんと一月中に全部持って帰ったから身軽なの。俺が荷物持って帰ってる間、おめーはずっと身軽だったじゃねーか」
「一つだけでいいですからー」
「却下」
「だって! これじゃどこにも寄れないですよ!」
「はあ? 寄らねーよ」
何言ってんのお前、という顔をした土方に、山崎はわざとらしいほど驚いた顔をして見せた。
両目を見開きついでに口も開き、この世の終わりを見たような顔を作る。
「え、どこにも行かないんですか!」
「行かねーよ。……え、つうか何、俺別に約束とかしてねーよな?」
「約束はーしてないですけどー」
「だったらなんだよ……」
じっとりとした目で見つめてくる山崎に、土方がじり、と一歩下がる。
ぱんぱんに膨らみ重たそうな鞄を抱えなおして、山崎は転がってもいない石ころを蹴る振りをした。
「最後の制服デートだったのに」
「知らねーよ……」
うんざり、というように大きくため息をついて、土方は再びさくさくと歩きだした。
置いて行かれる形になった山崎はあわててその背中を追う。
「だってー」
「だってとか言うな。キメエ」
「卒業ですよー。もう制服着れないんですよー」
「だからなんだよ」
「土方さん全部ボタンないじゃないですか」
「関係ねーだろ今それはよォ」
「俺のために第二ボタン残してくれてもいいのに」
「だから、それが今何の関係があるってんだよ……」
「せめて制服デートくらいしてくれたって」
「しねえ」
「ひどい!」
「うるせえ」
「ひどい!」
「置いてくぞ」
「ま、待ってくださいよー!」
言葉通り足を速めた土方に置いて行かれないよう、山崎はばたばたと地面を蹴る。
背中で体操服が跳ねる。鞄は重いので時々持ちかえる。卒業証書の入った筒は驚くほど軽い。こんなもんか、というくらい。
ひどいとか愛がないとか好き勝手に文句を言いながら土方に追いついた山崎を、土方はちらっと振り返った。
「……なんです?」
「いや、」
別に、と濁す土方の袖を、山崎が引っ張る。
「なんですか。気になるじゃないですか」
「なんでもねーよ、離せ!」
「じゃあ手つないでください」
「何が『じゃあ』なのかわかんねーよ……」
疲れたように言って肩を落とす土方の姿に、山崎が明るい笑い声をあげる。
軽く入った土方の蹴りに、山崎はきゃっきゃとはしゃぐ。
「そもそもお前、」
「はい?」
「荷物そんな持ってたら、手も繋げねーだろ」
どこの手繋ぐつもりですかー、とバカにするような言葉に、山崎は自分の両手を見下ろして「ああっ!」とあわれっぽい声をあげた。
「え、じゃあ、え、片手で持ちます荷物!」
「いいよ、両手で持ってろよ」
「ていうか土方さんが鞄持ってくれたら解決、」
「持たねーって言ってんだろうが」
「第二ボタンくれなかったくせに」
「だァら何でそこにいくんだよ!」
欲しかったの? という土方の問いに、山崎は唇を尖らせたまま首を横に振った。
じゃあなんで、といううんざりした言葉に「だって」と返して再び蹴りを入れられる。
「だってとか言うな」
「……俺が欲しかったんじゃなくて、土方さんのもんを、俺以外の誰かが持ってるっつーのが気に食わないだけです。……すいませんねっ、気持ち悪くて!」
「……別にまだ何も言ってねーだろ」
「なのに土方さんは寄り道もしないって言うし、荷持つも持ってくれないし、手も繋いでくれないし」
「お前は女子か。うぜえな」
「女々しくて悪かったですね。うぜえんじゃなくて土方さんが好きなだけです」
「あっそ……」
ぶーぶーと文句を言いながら土方の後ろを歩く山崎を、土方はそっと振り返る。
気づいて顔を上げた山崎が、不思議そうに首をかしげた。
「何ですか?」
「……お前さあ」
「はい」
「俺の隣歩かねーのな」
「は?」
「いっつも後ろにいんのな」
「あー……そうですっけ」
「うん。ずっと気になってたんだけど」
「えー、なんかここが落ち着くんですよねー」
「変な奴」
「土方さんの背中見てるとね、落ち着くんですよ。変ですか?」
「すげえ変。普通隣だろ」
「うーん」
「隣に来たら手繋いでやる」
「え、本当ですか!」
ぱあ、と明るい声を出した山崎に、土方は小さく苦笑する。
「そんな喜ぶことかよ」
「嬉しいですもん。はい、隣。これでいいですか?」
「手、あけろ」
「荷物、」
「あ? それはテメェでどうにかしろよ」
「ちぇっ」
「きめえ」
「ひどい。恋人に言うセリフじゃない」
「恋人だぁ? 図々しい奴だな。おめーなんかな、」
「俺なんか?」
「…………ペット?」
「……一生養ってもらっちゃおっと。俺今日は肉が食べたいなー飼い主さん!」
どうにかこうにか空いた山崎の左手を、土方の手がぎゅっと握る。
子供がそうするような、ただ握るだけの繋ぎ方だ。
「肉はねーけど、いい子にしてたらいいもんやるよ」
「え、本当!? 何ですか?」
「内緒」
「えー! 教えてくださいよー」
「うっせえな。いい子にしてねえとやんねえぞ」
「いい子にしてます」
「よろしい」
子供がそうするように、繋いだ手をぶんぶんと大きく振って歩く。
片方の腕だけで全部の荷物を支えている山崎は歩きづらいだろうに、機嫌よさそうににこにこしている。足取りも軽い。
それを横目で見ながら、土方はズボンのポケットに忍ばせた真新しい鍵を指先で弄んでいる。いつ渡そうかとそればかり考えている。
不意に山崎が、ふふ、と声を出して笑った。
「何だよ」
「いや、ね、あったかいなあと思って」
「まあ、春だからな」
「違いますよう」
「じゃあ何が」
ぎゅ、と繋いだ手に力がこもる。
じわりと伝わる熱と音。
「土方さんの手が。あったかくてうれしい」
「はあ?」
「俺ね、土方さんのこと好きですよ」
沈んでいく太陽が溶け出すように滲んで山崎の体を縁取るようにきらきらしている。
握った手からとくんとくんと音が聞こえるような気がする。
赤すぎる太陽に目が痛い。
「……バーカ。そんなの、俺の方がきっと、……」
きっと、ずっと、もっと、ずっと前から。
続ける先は土方の頭の中でも言葉にならず、口ごもる様子に山崎が首を傾げる。
「土方さん?」
「――――――仕方ねえから幸せにしてやるよ」
「は? え、いきなり何」
「約束だから」
「……はあ? 何なんですか、ちょっと。……まさか他の女と間違えてんじゃないでしょうね」
「俺は目がいいから男と女を間違えたりしねーよ」
「じゃあ、他の男と、っ」
「それ以上言ったらぶん殴るぞ」
「……もう殴ってるじゃないですかぁ」
土方のズボンの左ポケットの中で、冷たい鍵がひっそりと息を殺している。
これを山崎の掌の上に乗せて、驚く山崎を抱きしめるタイミングを、土方は窺っている。
山崎はそんなことを知らず、じわりと流れる血のように溶け出す夕陽の色に半身を染めながら、じんわりと伝わる掌のぬくもりに幸せそうに笑っている。
山崎の肩にかかった荷物は重いが、二人でそろいの卒業証書はひどく軽い。
制服をもう着ることもないだろう。けれど、こうして手をつないでこの道を歩くことは、この先何度だってあるだろう。
「俺はお前が好きだよ、山崎」
「ふは、何ですかいきなり。俺も好きですよ、土方さん」
もしかしたら生まれるよりもずっと前から決まっていたのかもしれない。
だったらいっそ、この先もずっと
「土山で現代(3Z)」というリクエストで書かせて……いただきましたが自由度が高かったので好きにやりすぎました。転生ネタです。江戸土山が転生して3Zで幸せになってればいいなという感じです。雰囲気で読んで頂けたらいいな!
どっちが先に死んだか、とかは一応考えてあるんですけれども、読んでくださった方のフィーリングにお任せします。二人には別に前世の記憶があるわけではないんですが、魂に刻み込まれるほどの何かがあればいいな、という…結局は江戸萌えなのか?
すごく楽しかったです。好き勝手してすみません。ありがとうございました!