げっ! と思わず出た声に、嫌そうな視線が向けられた。
「げ、って何だよ、げ、って」
「いやぁ……」
誤魔化すように笑いながら、山崎は目の前の光景をまじまじと見つめる。少し小さめのワンホールケーキがお行儀良くテーブルの上に鎮座していて、仕上げとばかりにデコレーションで飾り立てられていく。現在進行形。紛れもなく手作りであるそのケーキを作っている張本人は、拗ねたように唇を尖らせながらクリームの絞り袋からクリームを搾り出している、坂田銀時その人。
「……それ、旦那が全部作ったんですか?」
「おう。銀サン意外と器用なのよ」
「……まさかとは思いますが、一人で食べるんですか?」
「当然だろー。定期的に糖分摂取しないと、死ぬんだわ」
過剰摂取で死ぬと思う。とは口に出さないでおく。うにょうにょと搾り出されるクリームは、ご丁寧に苺色だ。かわいらしい。が、激しく似つかわしくない。そもそもこんな甘そうなケーキと銀時が、山崎の中ではうまく結び付かない。
(甘いもん好きなのか……)
そういえば自分はこの人のことを何も知らないなぁ、と思いながら、山崎は勧められる前に勝手にソファに座った。膝立ちでケーキに対峙し、真剣なまなざしでクリームを絞る銀時はそんな山崎をちらりと一瞥して、もうちょっと待ってな、と言う。
呼び出しておいてほったらかしかい、と思いながら、仕方ないのできょろきょろと部屋の中を見回した。手狭だが、きれいに片付いている。これはきっと新八くんがやったんだろうなぁ、と思って、そこであることに気が付いた。
「ねえ、旦那」
「おう、どうした」
「今日、新八くんと神楽ちゃんは、どうしたんですか?」
うにょり、と、変な方向へクリームが出た。
「…………」
「旦那?」
「あー、仕事がないからって言って帰った。神楽はそれについてった」
「ああ、そうなんですか」
納得したように頷く山崎をちらっとだけ見て、銀時は手に付いたクリームを舐め取る。
「でーきた」
「わー、すごいですね」
6人で食べるくらいが丁度いい大きさのホールケーキ。きれいでおいしそうなそれに、山崎が素直に感嘆の声を漏らす。得意そうに笑った後、銀時はボウルや泡だて器などを抱えて、
「ちょっと待ってな。お茶入れてくるから」
「あ、手伝いますよ」
「お客さんは座ってなさい」
立ち上がりかけた山崎を笑顔で制して台所へ消える。その背中を見るともなしに見送って、山崎はぼんやりと考えた。
思い返してみれば、自分は坂田銀時という人のことをほとんど知らない。
ここで万事屋を開いていること。桂と何らかの繋がりがありそうなこと。胡散臭いことと、優しいこと。芯が真っ直ぐな人であること。その程度だ。
ホールケーキを自分で作れてしまうほど器用で几帳面だとは知らなかったし、それほど甘いものが好きなことだって知らなかった。
どんな時間に寝て、どんな時間に起きて、どんな風に部屋を散らかすのか、それとも散らかさないのか。何も知らない。
ことり、と、テーブルの上に湯呑みが置かれた音で我に返った。
「はい、どーぞ」
「あ、ありがとうございます」
「何か考え事?」
ふわ、と笑いながら首を傾げて尋ねられ、思わず視線をさまよわせる。間を持たすように湯呑みに伸ばした手は、熱さに負けてすぐ離すはめになった。
「いや……なんか、俺って旦那のこと何にも知らないなぁ、と思って」
口にすれば恥ずかしくなって、誤魔化すように笑う。それを少し驚いたように見て、銀時はそれからすっと目を細めた。微笑む。
「じゃあ、これからもっと知ってもらわないと」
「そうですね」
微笑み、見つめられていることに、山崎はうろたえて仕方なく湯呑みに手を伸ばした。そうっと持ち上げて唇を付ける。熱い、が、落ちている沈黙の気恥ずかしさの方が大問題だ。
きょろきょろと視線をさまよわせる山崎をおかしそうに見て、銀時はケーキの横に置いていたナイフに手を伸ばした。
「山崎くんも食べる?」
「いいんですか?」
「ちょっとくらいならねー。はい、どうぞ」
6分の1に切り分けたそれを皿の上に乗せ、山崎の前へ置く。山崎は感心したようにケーキをまじまじと見つめ、ありがとうございます、と小さくお礼を言った。
「いただきます」
「うん、どうぞ」
山崎がフォークを取ってケーキを口に運ぶ間、銀時は自分で作ったケーキをざくざくとフォークで刺している。食べればいいのにそれをせず、山崎の反応を窺うような視線に、緊張して、ケーキが喉に引っかかりそうな感覚。
「あ……おいしい」
「だろー」
甘いケーキを一口食べて、思わず笑顔になった山崎に銀時はほっとしたような顔をした。
気恥ずかしい、どこか重たかった空気が霧散する。
「スポンジふわふわですねー。甘すぎる気もしますけど、おいしいです」
「甘いの苦手?」
「いや、苦手ってほどじゃないですけど、普段あんまり食べないんで」
おいしい、とにこにこしてケーキを口に運ぶ山崎を見ながら、銀時も自作のケーキを口にする。ふわふわのスポンジに、なめらかで甘い生クリーム。苺の甘酸っぱさ。どこをどう取っても完璧な出来だ。
それにしても山崎が甘いものをあまり食べない質だったとは、と意外に思いながら湯呑みに手を伸ばした銀時の手が、次の山崎の一言でぴたりと止まる。
「うちの副長もね、そんな感じなんですよ」
「…………どんな感じ?」
「甘いもの好き。副長の場合は甘いもの嫌いで、マヨネーズばっかり食べてるんですけどね。一昔前にマヨラーって流行りましたけど、もう、あれ以上で。何を食べるにもマヨネーズで食堂のおばちゃんも可哀相っていうか……。で、一緒にいる人にもマヨネーズを勧めてくるもんだから始末に終えなくて。拒否はするんですけどね、機嫌が悪いときだと怒るんですよ! ひどいと思いません? だからそれもあって、普段あんまり甘いもの食べられないって感じなんですけど。でも旦那もそんなに好きなものがあるなんて知らな、」
「山崎くん」
銀時の堅い声に、山崎はぴたりと言葉を止めた。
「……あのさ、」
言いよどみ、さまよう視線。深い溜息。
「二人っきりでいるときくらい、他の男の話やめねェ?」
「あ……」
銀時の少し怒ったような声音と、二人っきりと言う言葉に山崎の頭は真っ白になる。
広くもないが、狭くもない、この家には確かに今二人だけで、向かい合って仲良くケーキを食べていて、けれど確かに山崎は、お友達として呼ばれたのでは、なかったのではないか?
なるほどこれは、自分が悪い。と思って謝罪を口にしようとするより先、
「あー……悪い」
謝られて、山崎は驚いてうつむかせていた顔を上げた。
「俺が無理矢理二人っきりにしといて、押し付けんなって話だよなぁ」
ひどく困ったような顔をして、銀時が笑った。ごめんな、ともう一度謝って、ごまかすようにフォークに刺したスポンジを口に運ぶ。
「……で? 副長サンが何だって?」
「あ、いえ、……ていうか」
(あれ……? え、だって、さっき)
皿の上に置いたフォークが、カシャンと高い音をたてた。
時間があったらデートしようと誘われて、うちにおいでよと銀時が言ったので山崎はこうして遊びに来ている。
そしたらケーキができていて、新八の神楽もいなくて、けれどそれは、仕事がなくて帰ったからで……
食べるのをやめた山崎を、銀時が少し心配そうな顔で覗き込む。
「どした? 気分悪くなったか?」
「……旦那」
「うん?」
「新八くんと、神楽ちゃんが、今日いないのって」
「…………」
「何ででしたっけ?」
カシャン、と銀時の手からフォークが滑り落ちた。生クリームが皿の周りに散る。
「えーと……」
「はい」
「……仕事が、ないからね、じゃあ帰りますって……」
「はい」
「――――――すいません。山崎くんと二人っきりになりたかったから、俺が追い出しました」
ぶはっ、と笑いを堪えていた山崎が思わず吹き出した。銀時は、その笑い声にだんだん下がっていた顔をあげる。焦った顔をして、あからさまにうろたえていて、それが山崎にはますますおかしい。
「言っとくけど違うからな! 別にヤラシーこととか考え……てなかったわけじゃないけど別にそういうつもりで追い出したんじゃねえし! ただ単純に二人っきりになりたかったっていうか、アイツらいたらデートって感じでもねーしでも外行くには金もねーし、」
慌てて弁解する銀時の様子に、山崎は笑いが止まらず体を二つ折りにしてくつくつと笑い続けた。なかなか収まらないその笑いに、次第に銀時の眉間に皺が寄って行く。
「……山崎、笑いすぎ」
「や、ちが、違うんです。あのね、俺ね」
笑いすぎて浮かんだ涙を、山崎がぬぐって顔を上げた。
不機嫌そうな顔をした銀時を見て、目を細める。
「嬉しいんです。……別に嫌じゃないですよ、二人っきりとか。こういうデートとか。だから、」
無理矢理とか押しつけとか、言わないでください。俺の方こそごめんなさい。
ふわっと笑ってそう言って、山崎は再びフォークに手を伸ばす。銀色に白い生クリームを乗せて口に運ぶ。ふわふわきらきらする様が、銀時の髪に似ているな、と思えば浮かぶ笑みが消えない。
「あー……山崎クン」
「はい」
「…………キスしてもいい?」
言いながら、テーブルに手をついてすでに体を乗り出している銀時に山崎は、
「そういうこと、聞かないでください」
頬を染めて言って、ゆっくりと目を閉じた。
「甘ェ」
「生クリーム味ですね」
「もっかいいい?」
「……だから、聞かないでってば」
「俺も、山崎のこと全然知らねえから、いろいろ知りてえな。教えて?」
「…………俺ね、」
「うん」
「熱いお茶が苦手なので、次来るときは、ぬるいのか冷たいのだと嬉しいなあ」
「ふは。いいよ、わかった。甘すぎないお菓子と、ぬるいお茶用意しといてやるよ」
「銀山」でフリーな感じのリクエスト頂きましたので、銀山はじめようかなーとか思ってた時に考えてたネタを引っ張り出して日の目を見せてみることにしました。付き合うことになったはいいけどどうしようどうすればいいんだ、みたいにおろおろしてる二人だと可愛いなあ、という。山崎が好きで大事でいっぱいいっぱいな銀さんが好きです。
お互い距離を掴みあぐねてる中で、好きが駄々漏れてる話が書きたかったんだ。少しでも伝わってればいいな。
リクエストありがとうございました。おかげでこの話を形にできました。