飲みすぎですよ、という小言を聞くのが実は嫌いではない。
ひどい頭痛に悩まされながら、吐き気を堪えてうーんと唸る沖田の額に、山崎の掌が乗る。冷たくて気持ちいい。その心地よさに目を閉じた沖田に落ちる小さな溜息。
だいたいあんた未成年でしょう、と呆れたように言うくせに、沖田の前髪を払いのける指先の動きが優しい。沖田は思わず口の端を上げた。気付いた山崎はもう一度溜息をついて、冷たい手で沖田の額や頬に触れる。痛む頭は山崎の膝の上。柔らかくない山崎の膝はちょうどの高さで沖田の頭を支える。その感触自体が気持ちいいというわけではないけれど、こうして頭を預けていても怒られないところが嬉しくて、だから沖田は、酔いすぎるのが嫌いではない。
だが、それにしても、ちょっと飲み過ぎた。
未成年飲酒だと山崎は叱るけれど、そもそもその未成年に酒を注ぐ大人が悪い。
未成年飲酒は未成年当人じゃなくて、まわりの大人が監督責任を取らされるんじゃあなかったか。
「……お前が止めてくれりゃいいのに」
「はい?」
「酒」
痛む頭に響かないようにゆっくり静かに喋ってくれる山崎の心づかいが嬉しい。
「自分だけがばがば飲みやがって……」
「だって俺、酔わないですもん」
「うぜー……山崎のくせに」
「気持ち悪くなるのが嫌なら、量くらい自制なさいな。どんくらいだったら沖田さん辛くなるとか、俺にはわかんないでしょう」
いや、嫌じゃない。吐き気や頭痛自体は憎いが、もう二度とするかと思えないのは、この膝枕と甘やかしがあるからだ。
自制をしろと言いたいのなら、山崎は今すぐ沖田を放ってどこかへ行ってしまうべきだった。冷たい掌でほてった顔を冷やしながら、優しい言葉をかけるので、沖田は癖になってしまう。
「やまざきー…」
「ん?」
「ちゅーして」
「え、やだ」
ばっさり切られて少し心が折れた。
わりと本気で言ったのに……と沖田が眉を下げる。それを見下ろし山崎は、困ったような顔で笑った。男前が台無しですよ、と笑いながら沖田の眉間を指でこする。
「だってお酒臭いもん」
「大丈夫だって」
「大丈夫じゃないですよ。やーだ」
「やまざき」
「甘えてもだめ」
「口ん中熱い。火傷しそう。ちゅーして」
「……なんで沖田さんの口の中が熱いの、俺がキスしたら治るんですか」
「だってお前の口んなか冷た、ぶふっ」
思いっきりの掌で顔をぶたれた。
めっ! と目を吊り上げて怖い顔をして見せるので、唇の上に乗っかったままの掌を舌で舐めてみる。ひっ、と思った通りの反応で息を呑んだ山崎は、慌ててその手を沖田から離した。
「酔っぱらい」
「うん。酔ってるもん」
「もん、じゃありません。沖田さんお酒飲むのもう禁止」
「なんで」
「俺がめんどくさいから。もー、酔ってるならさっさと寝ちまいなさい」
めんどくさいと言うのなら、膝の上から自分の頭を落としてしまえばいいのになあ。少し顔を赤くして目を逸らしている山崎を下から見上げながら、沖田は緩む口元を止められない。本当に嫌だと思うなら、逃げてしまえばいいのになあ。沖田の頭は相変わらず、山崎の膝の上。逃げてしまった山崎の手を、手を伸ばしてたぐりよせ、優しく指を絡めて握った。
山崎はまだ少し顔を赤らめたまま、軽く沖田をにらんで見せる。照れている様にしか見えないので、沖田は思わず声をあげて笑う。
「……元気そうですね」
「んーん。元気じゃねえよ。頭が痛い」
返事の代わりに溜息がひとつ。
「そんで、胸が苦しくって心臓がどきどきいってて息すんのが難しい」
「え……え、大丈夫ですか?」
「お前が俺に優しいから、俺の心臓がもたねえよ」
「…………」
「そんで、口の中が、熱い。なあ山崎、ちゅーして」
「…………」
「退」
ぎゅう、と繋いだ手がきつく握られる。眉根を寄せた山崎が怒ったような顔で沖田の前髪を払った。
「……そんなん、どこで覚えてくるんですか」
「お前を好きになったとき全部覚えた」
「……も、ほんと、沖田さんお酒飲むの禁止」
俺の心臓がもちません。
早口で言って、山崎はきょろりと辺りを見回す。誰もいやしないのに、三度慎重にそれを繰り返して、廊下の音にも耳をそばだてて、それから、傍らに置いてあった水差しの水をそっと口に含んだ。
山崎の冷たい掌が沖田の頬に触れる。ゆっくりと近づく山崎の顔を、沖田は目を細めて見上げる。
水に濡れた唇が沖田の唇にそっと触れ、唇を開けてみればその隙間から冷たい水が沖田の喉に流し込まれた。水が喉を潤して、思っていたより口内が渇いていたことを知る。飲み下す間も惜しくて唇を離せなかった。水を押し込むように差しだされた山崎の舌を、舌で絡めて繋ぎとめる。
飲みこみ切れなかった水と唾液の混ざったものが、沖田の口の端から零れて山崎の膝を少し濡らした。
唇を離して舌を離して、近い距離のまま山崎は沖田の目を覗きこむ。
「……冷たかった?」
「うん」
「気持ちよかった?」
「うん」
「…………もっとしてほしい?」
囁いた山崎の目元が赤く染まっていて、唇も赤くほてっていて、沖田は嬉しくて目を細めた。山崎の頭をそっと引き寄せて、
「うん、もっと、して」
誘うように唇を開く。
冷たい山崎の舌が沖田の口内に滑り込んで、絡めあわせて舐め合ううちに、どんどん熱くなっていく。
眉間に皺を寄せて懸命に沖田のくちづけに答える山崎を、焦点の合わない近さで見上げて、沖田は声を出さずに笑った。
さて、どうやって押し倒そうか。いっそ言葉で誘うのでもいい。
二人で一緒に悪酔いしよう、って。