一体どういうきっかけでこんな稼業をするようなことになったのか、という話になった。そもそもろくな稼業でないので、自慢できるほどのきっかけもない。武士に憧れてましたァ、というのがなかなかいい方でで、あとはもう、金が欲しかったからとか住み込みだったからとかなんとなくとか、そんなのばかり。そんな中で、お前はどうだと話を振られ、山崎は曖昧に笑って首を小さく傾げた。酔っぱらい相手にまじめに嘘を考えるのも面倒なので、そのまま答えずにいれば、酔っぱらいとはたちが悪い、すっかり出来あがっている同僚に間髪いれずに絡まれた。
「お前よォ、山崎、ぶってんじゃねえよ」
「いやだなあ、はは、ぶってませんよう」
「ぶってんじゃねえかよ、その喋り方。気持ち悪ぃなあ」
「まあまあ、ほら、おつぎします」
安酒をグラスになみなみ注いでやれば、同僚はおっとっと、とか嬉しそうな声を出して、いっきにグラスを傾ける。ぷはぁ、と吐きだす息が酒臭くて、山崎は瞬時に息を止めた。それでも笑顔は崩さない。別にこれは仕事でないけれど、酒の席ではにこにこ笑ってお酌に徹していた方が自分が楽だと知っているからだ。
案の定すぐに機嫌がよくなった同僚は、山崎の頭をぽんぽん叩く。撫でているつもりだろうか。
「そういうお前はどういう理由」
「俺か? 俺はなァ」
「こういう職種じゃねえと、雇ってもらえねえから?」
「あん?」
「ハゲって怖いよねー。子供泣いちゃうんじゃね」
「お前、山崎、コラ」
「すごむ前に服着れば」
下半身はかろうじて隠れているが、上半身は完全にむき出しのスキンヘッドの同僚は、男は裸でこそ本来の魅力がどうのこうの、回らない舌で懸命に力説をしてくれる。それを放って山崎はくるりと反対側を向き、酒の瓶を手に取った。
「副長」
「あ?」
こちらもすでに出来上がっている酔っぱらいに声をかける。元より酒に弱い癖に負けず嫌いで酒好きなので、すでに顔は赤く染まり目はどろりと濁っている。今なら二秒で殺せるなあ、と薄く笑いながら山崎は、酒瓶を少し持ち上げて見せた。
「どうぞ」
「おお、悪いな」
同僚にやったのよりはほんの少し高い、それでもやはり安い酒を、グラスになみなみそそいでやれば、気持ちよく酔った上司はにこにこしながらそれを受け、それからやはり山崎の頭を軽く叩いた。褒めているつもりなのだろう。山崎の口元が緩む。
「なんか食いますか。取ってきましょうか」
「いや、いい。山崎」
「はい」
「そんでお前は、どういう理由で入ったんだ」
先ほどまでの会話を、しっかり聞いていたのだろう。山崎が濁したその先を知りたがって土方の顔が近付いた。酒臭い息が顔にかかる。そのまま肩にぐい、と腕を回されて、気付けば引き寄せられている。
「おら、言え」
「いやあ、そんな、面接のとき言ったじゃないですかあ」
「面接のときの志望動機なんてのはな、九割九分でたらめなんだよ。江戸の平和を守りたいからですゥ、とか、チンピラがよく言うぜ」
「いや、そんなわかりやすい嘘を吐くやつらを採用してんのは結局あんたでしょ」
「だって面接とか意味ねえもん。とりあえずやっとく? みたいな。どんな上手いこと言えたって、剣が使えなきゃ意味ねえよ」
呂律の回らない口調で至極もっともなことを言って、土方は再びグラスを傾ける。その動きに合わせて、土方の腕が山崎をわずかに抱き寄せる形になった。近い場所で上下する喉元に、山崎の心臓が軽く跳ねる。
「あ、でも」
「はい?」
「お前取ったのは面接だったなぁ、そういや」
「え、そうなんですか」
「うん」
「なんで?」
「さあ? お前、志望動機なんつったよ」
「ええと……侍に憧れてて、刀握りたいと思ったからです、だった気が……」
「ぼんやりじゃねえか。嘘じゃねえか」
「面接のときの志望動機なんてでたらめって、あんたが言ったんですよ」
何でだったかなあ、と土方は言って、山崎の顔を覗きこむ。酒の臭いを含んだ息が山崎の唇にかかる。そのまま髪をさらりと梳かれて、思わず山崎はきつく目を閉じた。
「……キスしていい?」
「なっ、に言ってんですかっ、駄目ですよ!」
「お前女装して来いよ。萎える」
「あんた勃たせるために俺はいるんじゃねえんですけど。ちょ、もう、顔近い」
「で、何だったんだ?」
「なにが」
「本当の理由。ここに入った」
山崎は恐る恐る目を開ける。思っていたよりずっと真剣な顔で、端正な顔の上司がじっと山崎を見つめていた。何がそんなに気になるのか、なあ、と繰り返して山崎の首筋を指先で擽る。どこかの芸妓と勘違いをしているんじゃないだろうか。ふつふつと体の奥で沸き起こる熱をぎゅっと押さえこみながら、山崎は細く息を吐いた。このひどい光景を、周囲の酔っぱらいどもは止めてもくれないし揶揄してもくれない。どちらのものか、本気が滲んで山崎は焦る。
「な、」
「な?」
「なんで、そんなこと知りたいんすか」
「気になるから」
「なんで」
「どうやったらお前ここやめねえかな、とか」
「……は?」
土方の指が山崎の耳へ移動して、それをまた優しく擽るようにするので、山崎は思わず首を竦める。酔った上司は酔いのままに、普段は決して言わないようなことを、真剣に山崎の耳に吹き込む。
「無茶な使い方してる自覚はあんだぜ、これでも」
「そんなん、気にしなくてもいいですよ、別に」
「馬鹿。お前が普通に無茶すんだから、俺が自制しなきゃ、駄目だろうが」
「なにそれ……」
「お前があんまりにも使いやすいからな。俺はいつかやりすぎて、お前が逃げてくんじゃねえかって、思ってんだよ」
酒の力とはかくも人を饒舌にするものだろうか。それともやはり、他の誰かと間違っているのか。疑う山崎の耳に「やまざき」と名前を呼ぶ声が聞こえる。酔っているせいで甘たるく、やけに優しい響きをしている。
「……覚えてませんよ、そんなこと」
「思い出せよ」
「めんどくさいなあ」
「お前、上司に向かってその口のきき方はなんだ」
「部下にこんなことしてんの、セクハラですよ。ねえもう、顔近い、ってば!」
「キスしていいか」
「あのね、副長」
「山崎」
熱に浮かされたような声を出して、熱に浮かされた目で見つめられ、山崎の血が沸騰する。助けを求めて辺りを見渡しても、みんな気付いていないのか、それとも見ない振りをしているのか、誰一人として目が合わない。このままじゃまずい、と思いながら、山崎はそれでも、力づくで土方の体を押しのけることができない。
「……わかった。わかりました。入った理由は、覚えてませんが、俺がここに留まる理由教えますから、言ったら離してくれますか」
「うん」
「……あのね」
深く、深く、深呼吸。暴れ出しそうな心臓を仕事の術でなんとかなだめて、伸びあがった山崎は、こそ、と耳打ちをするようにして、土方の耳へ囁いた。
「誰のこととは言えませんが、勝手に命を捧げた人が、あって、だから俺はこの先もその人からは離れません」
そんな一言ですら、実は口にするのに結構な勇気が必要だった。
土方は山崎をしばらく見つめ、それからぐるりと部屋を見回し、それから再び山崎を見つめる。
「近藤さんか」
「さあ?」
「総悟か」
「どうでしょう」
「……山崎、わかったぞ。お前は嘘つきだからな、どうせ今だって、嘘吐いて誤魔化したんだろう、クソ」
眉間に皺をきつく寄せて土方は山崎から手を離す。クソ、とか、馬鹿、とか悪態を吐きながら、すっかり空になったグラスに口を付ける、その酔っぱらいの顔が、山崎の見間違えでなければ先ほどよりもずいぶん赤い。
嘘が得意な山崎も土方だけには嘘をつけないと、誰より知っているのは土方なのだ。
山崎も頬を赤くして思わず口元を緩ませた。酒瓶を手にとって、土方のグラスへ注いでやる。土方は山崎の頬を見ず、小さな声でぶつぶつ文句を言い続けている。
けれど、実は、ひとつだけ嘘をついた。一体どういうきっかけでこんな稼業をすることになったのか、本当ははっきり覚えている。誰にも一生言わないが。
隊を束ねる副長さんに一目惚れして、恋をして、使って欲しくなったからなんて、酔ってたって言えません。