普段はどちらかと言えば無口でいつも怖い顔をしていて口を開けばガラが悪くて行儀だってあまりよくはなくて機嫌が悪ければすぐに刀を抜いて喧嘩が好きで味覚障害だ。だのに何でこんなのがモテるのかなあと不思議に思うが結局は顔なのだろうな。自分を組み敷いて見下ろす端正な顔立ちをじっと見ながら山崎は考えている。
 重力に従って落ちている黒い髪は短く堅そうに見えるけれど意外に柔らかくてさらさらとしている。逆光になってよく見えない顔立ちはよくもまあこんな美形に生まれついたものだと嫉妬通り越して感心してしまうくらい整っていて、それが光の加減で少し陰っているものだからまた色気など含んでとんでもない。色気と言えば目もそうで、瞳孔の開いたその目は獲物を狙うもののそれで、見つめられると命の危険を感じてぞくりとする。逃げなければと肌が粟立つのに逃げられないこの焦燥感が、山崎は嫌いではない。
 その上、
「……好きだ」
 掠れた声で、そんなことを言うものだから、こんなことされたら大抵の女は一発で落ちてしまうのも道理だと、思うのだ。びくんと一つ大きく跳ねてそれから勢いよく動きだした心臓の音を気にしながら、山崎は思う。
 そんなことでも冷静に考えていないとどうにかなってしまいそうだ。こんな状況。
「山崎、好きだ」
 土方の手が山崎の頬に触れ、それから髪を撫でる。首を縮める山崎に小さな笑い声が降り、髪を避けて現れた耳に土方の唇が落ちる。
「可愛い」
 低く甘ったるい声で囁かれ、山崎は息を止めた。心臓がちょっとありえない動きをしている。そりゃこんなことばっかりしてたらモテるに違いない顔がよくて言葉が甘くて触れ方が優しければ、普段の無愛想さや頭の悪さなど帳消しにして余りあるってものだ。むしろその落差に女心はきゅんと来たりするのかもしれないなあ参考にしよう。
 なんとか稼働している頭の隅っこで懸命に考える。そうしないとあっという間に流されてしまいそうだ。流されて何がどう悪いというわけではないけれど、やはり何かが悪い、ような気がする。
 土方の足が山崎の足を割って、同時に着物の裾も割る。はらりとめくれた着物の隙間から流れ込む空気の冷たさに、山崎が体を震わせた。まだ夜は、少し寒い。
 山崎の耳朶を噛んだり舐めたりしていた土方はそれにも飽きたのか、山崎の唇をふにふにと指でいじり始めた。唇の輪郭をなぞるように爪で撫で、柔らかい肉を押し、引っ張り、薄く唇を開かせる。
「かわいい」
 目を細めて言い、土方は開いた山崎の唇の隙間に、自分の舌先をねじり込んだ。あっという間に山崎の舌を引きずり出し、思うままに絡ませ始める。
「ん、……っ、う……」
 少し、酒の匂いがする。
 口内を好きにもてあそばれながら、山崎は眉根を寄せた。水音を響かせて蠢く舌と時折唇を離して荒く吐かれる息。ああやっぱり酔っているのだな、と思いながら、山崎は土方の着物の袖をきつく掴む。
 顔がよくて言葉は甘くて触れ方が優しいのを全部素面でやってのけたら落ちる女の数はあっという間に倍になるだろう。それとも、普段は無愛想で口が悪く頭も悪くどうしようもない男が、酒に酔って甘えてくるというのがいいのか? 
 酔って、そのせいで鎧がはがれて無防備に甘えてくれている、とみればいいのか、酔って、欲が抑えられなくなってこんなことになっている、とみればいいのか、判然としない。
 舌を絡め取られたまま唇を軽く離されて、山崎は細く目を開ける。唾液が山崎の舌と土方の舌を繋いで、ふつりと切れたそれは山崎の顎に落ちた。零れていた唾液を親指で拭われ、顎に落ちたそれを舌先で舐め取られる。
「……ぁ、」
「山崎、好きだよ」
 ぞくりと何かが背を駆け上がり、山崎は目を閉じた。瞼の奥でじわりと涙が滲むのは体と心に同時に与えられた快感のためだろう。
 思考の隙間がどんどん白く塗りつぶされていき、何も考えられなくなる。袖を掴んだままだった指先を優しく取られてくちづけられる。わざと音をさせるように舐められて考えが追いつかない。
 目を開ければ涙にぼやけた視界の中で、土方が優しく笑っている。目は相変わらず獲物を狙うような獰猛さを孕んでいるというのに、口元は優しく笑いながら大切なものをいつくしむような丁寧さで山崎の指を食んでいる。
 食われる、と思うと同時、このまま食われてもいいな、と思った。
 酔っぱらい相手にここまで思考を奪われれば、もう山崎の負けだ。ああやっぱりモテるのも道理だ、と思いながら深く息を吐く。心臓がどくどくと脈打っていて苦しい。
「きれいな手だな」
「……そりゃ、手入れをしてますから、ね」
「女みてえだな」
「女の格好を、することも、ありますから。手はね、一番ばれやすいんですよ」
「これなら簡単に騙せるだろ」
「そうですね……触られなけりゃあ、平気です」
 ぴちゃり、と唾液を鳴らしながら、触らせるなよ、と土方が囁く。熱い息が唾液で濡れた指先にかかってぞくぞくとする。
「……ふ、っ……ぅ……」
「気持ちいいか?」
「て、いうか、しつこい、です」
 首を弱く振りながらが山崎が文句を言えば、土方は喉の奥でくつくつと笑った。指を食んでいた唇はそのまま山崎の掌を通り、手首に触れる。舐められ軽く歯を立てられ、山崎の体が強張る。
「細え」
「……ん、なわけ、ないでしょ」
「白いな」
「も、やめ……っ、」
 手首を噛み、軽く吸い付き、土方の舌は再び掌へ舞い戻る。掌の中央へ唇を強く押し付け、ちゅう、と高い音を立てて吸われ、山崎の唇から細く高い声が零れた。
「…………白いな」
「……ぁ、…」
「これで人を、斬るか」
 俺のために何人斬った。
 低い声で、土方が言った。
 その言葉に山崎はぼやけていた視界の焦点をゆっくりと土方の上で合わせる。
 今にも食い殺されそうな視線に、再び山崎の唇から声が零れる。
 頭の中はすでに真白に塗りつぶされていて何も考えられない。舌先に、土方の残していった酒の香りだけ残っている。
 ああそれで酔ってしまってだからこんなに流されているのだ。こうやって皆この人に騙されていくのだ。心を奪われ魂を奪われ何もかも投げ出して、しまうのだろう、きっと。
「あなたのためなら千人だって万人だって、殺しますよ」
 笑って答えたその答えは、だから山崎の本心だ。
 心も魂も奪われて思考は全て塗りつぶされて嘘など吐けるはずがないのだった。
 土方は山崎の笑みに目を細め、やっとその手で山崎の肌を撫でる。熱だけ内側からじんわり点され続けた山崎の体は、触れられるその刺激だけで簡単にびくりと震える。
 土方の柔らかい髪が山崎の顔へかかる。薄く目を開けて山崎はそれを見つめる。逆光で陰った色気を含む端正な顔立ち。きっとこの鬼に沢山の人間が騙され心を喰らわれたのに違いない。
 もうそんな餌の一人でもいいから早く骨の髄まで喰らってくれればいいのになあ、と、山崎は考えている。
 もう、そんなことしか考えられない。
 土方の唇が山崎の唇に落ち、頬に落ち、額に落ちるたびちゅう、と高い音を立てた。
 最後に耳にたどり着き、熱い吐息が鼓膜を震わせる。
「好きだ」
 だから、と続けて、歯が山崎の首筋に落ちる。柔く噛まれて震えた山崎のそれは、恐怖ではなくて喜びだったろう。
「はやくお前、ちゃんと、俺のものになれよ」
 ああこんな掠れた切羽詰まった声でそんなことを囁かれたらたまらない。
 無口で無愛想で口が悪くて喧嘩が好きで頭が悪くて物の味さえ分からないくせに顔ばかりよくて言葉が甘くて触れかたが優しくてそんなことを言って見せたりして、それで山崎はもう、死にそうなくらい心臓が脈打っていて少しでも冷静なふりをしていないとあっという間に全部奪われそうなくらい余裕がなくて今だって与えられる快感と痛みに言葉にならない声しか出ないのに、 これ以上でなければ満足しないだなんて。
 やはりこれは、残酷で美しい鬼なのだ。

      (09.05.24) 惚れて惚れられなお惚れ増して これより惚れよがあるものか