夜みればそれは青白い肌をしている。
 昼間は健康的でいたってまともな色をしているのに、だ。
 月のせいか、と思いもしたが、それは違う。月のない晩でも青白い肌なのだ。
 触れると冷たいかと思ったが、そうでもない。
 そうでもないが、それはただ、土方の指先に掌に伝わる体温がまともなひとの体温であるというだけのことであって、薄い白い焼き物のような印象を与えるその肌は、土方にとってやはり、少し冷たい。
 山崎はくちびるをぎゅっと閉じたまま、体を固くして横たわっている。
 拒絶、という言葉が、肌の、こまかな毛穴からじわりと滲みだして、冷たくその存在を土方に知らせている。
 だが土方は、今夜もまたそれを無視した。
 ことさらやさしく山崎の髪を撫で、耳をくすぐり、耳たぶにくちびるを寄せる。
 山崎がからだを強張らせて、手を握りしめたのがわかった。その指をやさしくほどいて、そして、指をからませ合う。山崎は歯を食いしばっている。
 くちづけをするため顔を覗き込めば、山崎の青白い肌の、目元だけ、黒く覆われていた。
 真っ黒な布が山崎の目元を隠している。青白い鼻筋が、頬が、いっそう強調されてみえる。
 土方はその布を軽く指先でなぞり、それからそうっと、山崎にくちづけた。固く閉じられたくちびるをやわらかく噛んで、開かせ、舌を差し込み、口の奥で縮こまっている舌をからめ取る。
 山崎は声を出さない。
 肌は冷たい。
 布に隠された目は、きっと、ひどく、冷たい色をしているだろう。
 見たくないので塞いでいる。
 土方は、まるでこれが本当に甘たるく幸福な行為であるかのようにふるまって、優しく山崎に触れている。



   ++



 それは上手に人を斬った。
 一太刀でうつくしく斬った。
 ひら、と動いて姿を見せず、返り血もあまり浴びなかった。
 ただ、人を多く斬ったあとは決まって泣いた。
 表情を凍らせたまま、はらはらと涙だけ零した。
 青白い肌に透明なしずくが転がって落ちるさまは、土方が今まで見てきたどんなものよりうつくしかった。
 夜が明ければ山崎はまた健康的な肌に健康的な笑みを浮かべていたが、土方はあの山崎の様子が忘れられず、人を殺すようなことがあれば、なるべく山崎にやらせるようにした。
 泣く姿を見るためだった。
 殴っても怒鳴っても蹴っても何をしても山崎は人を殺した時のような泣き方をしなかったから、あのうつくしい姿をみるためには、人を斬らせるほか、なかったのだ。
 山崎は女ではなかった。
 それはつまり大切に守って囲って傷付けないようにする必要がない、ということだった。
 だって山崎は刀を使える。
 誰よりうつくしく人を斬れる。
 守る必要なんてなかった。
 うつくしいその生き物を、土方は抱いた。はらはらと零れる涙を指先ですくいやわらかくくちづけ舌をねぶり肌をまさぐり夢中で抱いた。
 山崎は抵抗しなかった。
 少しも暴れなかった。
 なので土方は安心をしていた。
 だから、抱き終わって、少しの後悔と大きな充足感を覚えながら山崎の顔を見た土方は、絶望した。
 心臓がひやりとして小さく縮み息が苦しくなり逃げ出したくなり殴りたくなった。
 凍るような冷たい目で山崎は土方を見上げていて、土方が吸い噛んだせいで赤くいろづいた唇がゆっくりと動き、やはり氷のような冷たい声が、
「俺はあんたが嫌いです」
 やけにはっきりと、言った。
 青白い肌に、冷たい青い目がうつくしく、おそろしく、土方は絶望して後悔して腹立たしくて、なのに、胸の内からふつふつとわきあがる暗いよろこびのようなものに、少しばかりの幸福感を、覚えた。

 これは恋だと思った。
 欲しくてたまらず触れたくてたまらず自分は頭がおかしくなってしまったこれは恋だと思った。
 山崎が人を殺すたびに土方は山崎を抱いた。
 冷たい目で射抜かれると呼吸が止まりたまらなかったので、それだけ隠して、やさしく抱いた。



   ++



「ひとつだけ、言っておきます」
 ぬるま湯にひたした布でやさしく汚れた肌を拭ってやり、剥いだ着物を肩にかけてやり、目を覆っていた布の結び目をほどいてやると、山崎はまつ毛を細かく震わせながら、ゆっくりとそう言った。
「俺はあんたが嫌いです」
 いつかに聞いた言葉と同じ言葉を、同じように山崎は言って、ゆっくりと目を開ける。
 伏せられていた目がきょろ、と動いて、土方の目を捕らえた。
 冷たい色をしている。
 土方の呼吸は、やはり止まる。全身を後悔と嫌悪感が満たして腕が強張る。抱きしめたい殴りたいいっそ殺してしまいたいという衝動が血管を駆け巡る。口を開けばひどい言葉を発してしまいそうなので口を閉ざす。
 その土方の様子を見て取った山崎の目の色が、少し和らいだ。
 冷たいだけの色から、憐みを持った色になる。
「だからもうこんなことはやめてください。わかっているとは思いますが、俺は、あんたがこんなことをするのを、別に許してるわけじゃない」
 肩に掛けられていただけの着物に袖を通し、淡々と帯を結んでいく。
 夜に淡く浮かび上がる青白い肌が隠されていく。
 それが惜しいと、土方は性懲りもなく思っている。
「……だったら、抵抗すればいいじゃねえか」
 口をそうっと開いて、なるべく平坦な声になるように心掛けて、土方はやっと口にした。殴らないようにするのに、抱き締めないようにするのに、爪の痕が長く残るほど拳をきつく作らなければいけなかった。
「俺はあんたが嫌いです。けれど無駄死にをする気はありません。あんたにはしっかりとしてもらわなければ困る。あんたのことは嫌いですが、副長のことは、少しだけ、ほんの少しだけ、尊敬することも、なくはなかったのです」
 過去形でそう言って、山崎は土方に向けていた視線をそらした。立ち上がろうとする動きが少し鈍い。無理をさせたな、と、そういう判断は土方にもできる。
 ただそれを、せずにすむ方法がわからない。
「俺を抱いてあんたの気がすむなら、好きにすればいいです。それであんたの何かが紛れるなら、そうすればいい。けれど覚えていてください。俺は、あんたが嫌いです。殺してやりたいくらいなのです」
 こんなこと、許せるわけがないのです。
 静かな、冷たい声で言って、ようやく山崎は立ち上がった。着物の裾が少し乱れていて、少しめまいがする。頭がおかしくなっている。これは何だ。恋だろうか。
 何かから逃げるために抱くのでも、気を紛らわすために触れるのでもない。
 好きで、いとおしくて、自分のものにしたくてたまらないから、抱くのだ。
 触れられなければどうにかなってしまいそうだから、冷たい目を隠してまで、触れるのだ。
「……俺ァ、お前が好きだ」
 思えばそれははじめての告白だった。
 何度も何度も抱いたのに、言葉にするのははじめてだった。
 踵を返しかけていた山崎は動きを止めて、それからゆっくりと土方へ視線を向けた。
 冷たい目が、少し揺らぐ。青白い肌に、少しだけ血の色が差したようだ。
 だがそれはきっと淡い動揺でも恥じらいでもない。言葉にするならきっと、怒りと嫌悪に近いのだろう。
 薄くくちびるを開き、しばらく浅い呼吸を繰り返していた山崎は、やっと言葉を見つけたように舌を動かした。
「勘弁してください。反吐が出そうだ」
 青白い肌が少し震え、青い目が少し揺らぎ、その目から、ころりとしずくが零れおちた。
 土方は呼吸を止める。
 凍った表情の山崎が、土方を見ながら、ただ静かに泣く。
 嫌悪と拒絶と怒りと戸惑いと憐みでもって、静かに泣く。
 土方は呼吸を忘れ言葉も忘れ掌に爪を立てながらそれをじっと見ている。抱きしめてしまわないように、もう、ひどいことはしたくないなと思いながら、目をそらせずじっと見ている。
 このうつくしい獣を自分のものにしたい。これはきっと、恋だろう。
 暗い夜に冷やされた青白い肌に冷たい瞳。山崎の表情は凍っているのに、涙だけただ、落ちていく。土方を惑わすように、はらはら、はらはら。

      (09.07.19)




「土方のことが吐きそうなほど嫌いな山崎に惚れる土方」というリクエストで書かせていただきましたが、惚れる通り越しておかしなことになっています。
土→→→山な感じの土山片思いネタは、実はずっと書きたいなあと思ってちょっと考えたりもしていたので、今回こういうリクエストいただけて、チャレンジできてよかったです。ありがとうございました!
この話の続き…という形になるかどうかはわかりませんが、土方さん片思いの土山は、一応救いのあるような形で書きたいなと思っているので、それもまたいつか、楽しんでいただけたらなぁと思います。あと、予想以上に救いのないというかひどい感じになってしまいました、すみませんでした。