だらだらと喋るのは山崎の癖だ。
 時に語尾を伸ばす。言葉と言葉の間をあける。仕事のことではわりとすらすら喋るように思うが、そもそも山崎には仕事とそれ以外の区別もあまりないので、大半の場合だらだらと鼻にかかった声で喋る。
 今だってそうだ。
「そんで、まあ最初はさぁ、沖田さんが行きてえってんならいいですよ、みたいな感じだったくせにさ、結局原田の奴が一番はしゃいでんの。あのでかい図体でりんご飴とか超似合わなくて、おもしろいっつうかキモかったんですよ。写メ撮っときゃよかった」
 カラン、と山崎の下駄が鳴る。
「沖田さんも沖田さんで勝手にどっか行ったと思ったら、金魚いじめてたりするしさあ。そんで俺が謝るんですよ。勘弁してくれって感じですよねえ」
 祭囃子と子供のはしゃぐ声。薄汚れたアスファルトの上に転がっている、破れた水風船。
「あ、でもイカ焼きはおいしかったかも。はじめて食ったんですけどね、イカ焼き。わりとうまいですね。土方さん、食べたことあります?」
「……ねえな」
「じゃあ食べた方がいいですよ。つってもどうせマヨかけちまうから、味なんて関係ねえだろうけどさ。俺買ってきましょうか?」
「……山崎」
「あ、いいですよ、俺が奢りますし。あー、わたあめ欲しいな、わたあめ。ちょっと一緒に買ってくるんで、ここで待っててもらえますか?」
「山崎」
「じゃあ、行ってきま」
「待て馬鹿!」
 ゴン、という鈍い音の直後、山崎は頭を押さえてうずくまった。いてえ、と小さい声で情けなく言うので、蹴ってやりたい気分になる。土方の大きな声と乱暴に数人の通行人が立ち止まり、土方の制服を見るやいなや目を逸らして散って行った。
 山崎は頭を押さえしゃがみこんだまま、じっとりとした目で土方を見上げる。
「何ですか」
「山崎、あのな、おめえが非番のとき誰と遊ぼうがどこに行こうが知ったこっちゃねえがな」
「何だ、嫉妬ですか」
「違えよ馬鹿! 俺ァ仕事中なんだよ!」
 邪魔してんじゃねえ! という言葉と同時にとんだ蹴りを、素早く立ち上がった山崎は軽々とかわし、浴衣のすそをぱんぱんと手で払った。怒気を振りまく土方に、へらっと緩い笑みを向けてみせる。
「知ってますよう。でも俺、原田とも沖田さんともはぐれちゃったし。一緒に回らせてくださいよ。俺も見回りしますから」
 いいでしょう? と確認するような言葉を向けるが、山崎は土方の答えなんて聞いてはいない。眉を寄せ不機嫌を全身で主張する土方をさっさと追い越し歩いて行ってしまう。
「……山崎」
「はいよ」
「……仕事中だからな、買い食い禁止だぞ」
「はいよ!」
 残念だけど別にいいです、とにこにこ笑いながら山崎が下駄の音を鳴らす。
 ドオン、と近くで花火が鳴った。



 何が楽しいのか、土方の隣を歩きながら山崎はにこにこと笑っている。
 浴衣姿というのをあまり見ないので、土方は少し新鮮な気持ちで、その山崎を横目でちらちらと見ている。
 あのカップルすげえですねーうぜえ、だとか、射的の景品しょぼいですね、だとか、浴衣姿で髪盛るっていうの俺は許せねえんだけどどう思います、だとか、おおよそ仕事に関係のないことばかり山崎はべらべら喋っている。
 何がそんなに楽しいのだろう。足取りも心なしか軽い。
 仕事しろよ、と口では窘めながら、なんとなく、土方も悪い気はしない。
(原田や総悟と来てたっつうのだけ、気に入らねえが)
 口にしてしまうと山崎はきっと調子に乗るだろう、と思うので、黙っている。ポケットから煙草を取り出し銜えれば、山崎が少し眉を下げ、笑いながら首をかしげた。
「仕事中ですよ、副長」
「うっせえ。構うかよ」
 俺にはいちいち文句言うくせに、と言いながら、山崎は袂からライターを取り出し、当然のような顔をして火を付けた。土方はそれに少し目を丸くする。
「……お前、いつもそれ持ち歩いてんのか?」
「はい?」
「いや……」
 何でも、と言葉を濁した土方に、山崎は小さく笑って、馴れた仕草でライターの火を寄せた。こういう風に教えたのは自分だったろうか、それとも元からこういうことが当たり前のように出来る人間だったのだろうか。取り留めもなく考えながら煙を深く吸って、吐く。
 ひゅるるる、と高い細い音が空気を切り裂いて、ドオン、という音が響く頃には、もう火は花の形を崩し、空にすうっと溶けていく。
「土方さん」
「何だよ」
「花火きれいですねえ」
「ああ」
「晴れてよかったですねえ」
「ああ」
 流れで立ち止まったまま、山崎に釣られて土方も空を仰ぎ見た。
 赤と黄色と緑と青の火が球を描いて、夜の空を染めている。
「土方さん」
「あ?」
「好きです」
 ドオン、と音が空を割る。
 土方は思わず煙草を口から外し、山崎の顔をまじまじと見つめた。
 にこにこと、機嫌よさそうに笑っている。何がそんなに楽しいのだろう。いつもと違う浴衣姿のくせ、袂には、自分では使わないライターを忍ばせている。
「好きですよ」
 ふわりと笑って山崎が言った。多分、言った。声は聞こえない。花火の音が大きすぎるからだ。



「……行くぞ」
「はいよ」
 踵を返し、さっさと歩きだす土方の後を、山崎が付いてくる。下駄の音を響かせながら軽い足取りだ。
 土方はほんの少しだけ、歩く速度を落とし、手を後ろに伸ばした。
 カランカランという下駄の音が不自然に乱れる。
 土方は、山崎の手を掴んだ左手に、少しばかり力を加えた。
「ひ、土方さん?」
「何」
「ど……どうしたんですか……?」
 戸惑うような声が聞こえる。外ですけどっていうかいきなり何ですか、と、少し焦っている。それが妙におかしい。さっきまであんなに余裕だったのに、と思えば、笑いがこみ上げる。
「お前、」
「はい」
「原田と総悟と、来てたんだろう」
「え……まあ、はい」
「俺は仕事中だからな」
「はい……?」
「保護してやる」
「……は?」
「迷子の保護。俺ァ仕事中だからな。おまわりさんだから」
 家まできちんと送ってやろう。
 花火の音の響く合間で言った。汗で手が滑りそうだったので、歩く速度をもう少しだけ落として、手を繋ぎなおした。
 どうせ山崎は緩みきった嬉しそうな顔をしているだろうから、後ろは振り向きたくなかた。手が離れないようにきつく力を込めた。指をからませ合うでもなく、やさしく包み込むでもなく、本当に子供にするように、無造作にしている。
「退」
 小さな声で、呼んだ。
 ドオン、と音が空気を震わせるので、その音に掻き消され土方自身の耳にも、その声は届かなかったが、ひどく満足した。山崎が上機嫌だった原因が、ほんの少しだけわかったような気がするのは、錯覚だろうか。
 ちら、と後ろを振り向く。手を引かれるがままに歩く山崎は、やはり楽しそうに緩い笑みを浮かべている。
「好きだ」
 言った。声は聞こえなかっただろう。祭囃子に花火の音。唇の形で、わかったろうか。山崎はとけるような笑みを浮かべて、手を握り返してくる。


 土方は再び前に向き直った。煙草の煙を吸って吐く。少し顔が熱いようだ。赤くなっているのかも知れない。が、辺りは暗いし、花火の光に色づけられ顔が赤く照らされてもおかしくはないので、まあ、そういうことにしておく。
 山崎は再びだらだらとした口調で、おおよそ仕事に関係のない、ひどくどうでもいいことばかり、喋り始めた。ただほんの少しだけ、いつもより、声が上ずっているようだ。
 土方は低く笑った。何やら妙に楽しいのも、祭りの空気のせいなのだと、そういうことにしておく。

      (09.08.08)




土山で原作沿いという自由課題をいただいたので、書きました。
原田と山崎と原田が三人仲良しだったらとてもうれしい。べたべた仲良しなんじゃなくて、お互いいじりあってからかいあってつつきあってぎゃあぎゃあ言ってる類の仲良しさんだったらいいな。そしてほかに友達がいなかったらいいです。