珍しく酔っている。
 山崎が、だ。
「だから俺は沖田さんのことが好きなんです」
 甘ったるい言葉に、馬鹿、という言葉が付け加えられた。山崎は沖田の膝の上に乗りかかるようにして、沖田の首に腕を回すようにして、駄々をこねている。正直体格差があまりないので、沖田にとっても山崎にとっても快適な態勢ではない。それでも、正常な判断を失っている山崎は沖田から離れようとはせず、沖田から山崎を突き放すことなど到底できるわけがない。
「馬鹿ってえのは、ひどい言いようだ」
 優しく言って、沖田は山崎の髪を軽く撫でた。そのまま少し頬に、指先だけで触れる。熱い。
 山崎の目は据わっていて、目元は赤くそまっていて、唇も赤くなっていて、かわいい。酔っているのだ。かわいい。
「だって、俺は沖田さんが好きなのに、沖田さんはちっとも俺のことが好きじゃない」
「なんでそう思ったんで?」
「沖田さんは俺を、沖田さんのものにしてくれない」
 早口で言って、山崎は沖田にぎゅっと抱きついた。肩に額を押しつけるようにして、沖田から顔を隠してしまう。鼻先をくすぐる髪からいい匂いがして、沖田は深く息を吸い込んだ。山崎の背中を、あやすように撫でる。
 意味深な山崎の言葉にあえて答えないままでいれば、焦れた山崎が沖田の着物をぎゅっと掴んだ。
「俺を沖田さんのものにしてよ」
 山崎が姿勢を変え、ますますきつく沖田にしがみつく。熱い吐息が首筋にかかり、沖田の肌が粟立つ。
 かわいい。酔っている。きっと自分が何を言っているのかもわかっていないのだ。
「それは、」
 知らず知らずのうちに渇いていた喉を潤したかった。口の中全部が渇いているので、飲む込む唾液もない。酔っぱらいのためにも、水くらい用意しておくんだった、と少し沖田は後悔をした。
「抱いて欲しいってこと?」
 かじりつく山崎の耳元になるべく唇を近づけて、言った。
 もっと軽く言うつもりだったのに、思った以上に低い、掠れた声が出た。
 案の定山崎は一瞬身を固くする。沖田に抱きつく腕の力を、これ以上ないというくらい強くするので、あやうく沖田は呼吸ができなくなりそうになる。
 答えないままの数秒。どうしたもんか、と天井を仰ぐ沖田の着物が、不意に自由を取り戻した。それをきつく握っていた山崎の指がほどかれ、腕の力も緩む。抱きついていた体を起こした山崎は、それでも沖田の膝の上に乗りかかり、顔を俯かせたままだ。
「山崎?」
「…………」
「……退?」
「……それでもいいです」
「うん?」
「……抱くんでも、何でもいいから、今はそれでもいいから」
 沖田さんはもっとちゃんと俺を好きになってください。
 少し震える声で、山崎が言った。
 顔を覗き込む。少し目が潤んでいる。酔っているせいだろう。顔が赤い。手を伸ばせば、山崎がその手をきゅっと握った。熱い。
「山崎?」
 確認するように名前を呼べば、もう一方の手が沖田の頬へと伸びる。好きなようにさせてやれば、熱を持った指が沖田の頬を滑り、掌が頬を撫で、熱い吐息がゆっくりと近づいて、赤い唇が沖田の唇と重なった。
「……ん、……ぅ…」
 熱を持った舌からは少し酒の味がする。その熱と酒の匂いに、沖田まで酔ってしまいそうだ。好き勝手に動く舌に応えるように舌を動かせば、山崎の体が小さくはねる。
 今更。
 こんなこと当たり前に何度も何度もしているのに。
 今更抱いて欲しいなんて。
 苦しくなったのか満足したのか、山崎の唇が沖田から離れる。名残惜しそうに伸ばされた舌先から、唾液の糸が繋がって、時間差でふつりと切れた。
「……沖田さんは、もっとちゃんと、俺を好きになった方がいい」
「どういうことですかい」
「そしたら俺は不安にならずにすむ。俺はちゃんと沖田さんを好きでいていいって思える」
「俺ァちゃんとお前が好きだよ。それじゃ駄目なの?」
 小さく言葉を零しながら次第に俯く山崎の顔を、沖田は下から覗きこむ。そのまま顔を近づけて、掬いあげるようにキスをする。
 軽く体重をかければ、山崎の体はあっけなく倒れた。畳とぶつからないように、頭の下に手を差し入れてやる。あんまりにもかわいいから、こんなにも優しくしているのに、何が不満なのだろう。
「……俺をちゃんと、攫ってよ」
「え?」
「俺をちゃんと、……じかたさんのとこから攫って、そんでちゃんと、沖田さんのものにしてよ」
「……お前」
 服の隙間に差し込みかけていた手を思わず止めて、沖田はまじまじと山崎を見下ろした。その視線から逃れるように山崎が顔をそむける。赤く染まった頬と目元。
「あいつんとこにいるのが、やなの?」
 首を横に。ぱさぱさと黒髪が畳を叩く。
「あいつのことが嫌いなの?」
 また横に。
「……じゃあ何で? おめえはあいつが大事で、それはもう、仕方のねえことだって、俺はわかってるから何にも言わねえんだけど、でも、お前はそれじゃやなの?」
 ふるふるとまた首を横に振って、山崎は両腕で顔を隠すようにした。山崎を組み敷いたまま、どうにもできない沖田の耳に、小さな声が時間をかけて届く。
「俺は、沖田さんが、好きです」
「……うん」
「沖田さんが好きで、好きで、好きで、俺はもう、誰に何を言われても、沖田さんが何をしても、……かたさんに、言われたって、俺はあんたを、殺せない」
「……うん」
「なのに、沖田さんは、仕方ないって、わかってるからって、諦めて、全部諦めて、それでもいいよって、それって、全然、どうでもいいことじゃないのに、俺は、ちゃんと沖田さんのものになりたくって、沖田さんが、俺のこと好きなら、全部、ちゃんと、あげたいのに、沖田さんは、いいよって笑うから、」
 零れる言葉がところどころ引っかかる。まるで泣いているように聞こえる。顔を隠す両腕が涙に濡れているのではないかと沖田は心配をする。
 珍しく酔っている。
 普段は本音を見せない山崎が、だ。
「俺はそれがやだ。ちゃんと、全部欲しいって言ってよ。そんくらい俺のこと、好きになってよ」
 俺は全部が欲しいよあんたの大事にしてる全部に勝ちてえよ。
 最後だけ一息に言って、山崎は黙った。しゃくりあげないかと心配で、しばらく沖田は動けなかった。
「……俺は、お前が好きだよ」
 囁く。そっと手を伸ばして、山崎の腕をそっとはがす。
 泣いていたらどうしよう、と心配をした。けれど山崎は泣いていなかった。目が潤んでいるのも顔が赤いのも全部全部酒のせいだ。
 握った手首が熱い。
 力一杯握りしめて畳に縫いとめたい衝動を沖田は堪える。
「お前が好きだから、お前が困ることは少しだって、したかねえんだ。お前が泣くのも困るのも、嫌なんだ」
 ひどくしてしまうのが嫌で、本当は、触れるのにだって勇気がいるくらい大切で、守るためなら、自分はいくら我慢したって、大丈夫。ただキスををしたい衝動だけはどうしても抑えきれず、沖田は何か言いかけた山崎の唇に、噛みつくようにキスをした。

      (09.08.31)




「酔った沖田を山崎が介抱する、かそれの逆」というリクエストを頂いて書きました。久しぶりにかっこいい沖田さん×かわいい山崎を目指してみた。
沖田さんが山崎をべろっべろに甘やかしているのが好きです。沖田さんは、全部自分の片思いのまま終わってもいい、という覚悟を最初にしているんだけど、山崎にとってそれは、ある意味すごくおもしろくないことなんだろうなあ、と思って書きました。
リクエストありがとうございました!