真選組、というのは、当然男ばかりの集団だ。
(一時期、大変柔軟な発想を持った局長が女性を入れようかと突拍子もないことを考え出した時期もありはしたが、当然実現不可能なことであって、とりあえず今のところ、屯所には男しかいない。)
 男ばかりの集団で何が不自由するかと言えば、それは男の生理的な部分であって、外の女を買ったり、茶屋の娘にちょっかいを出したりで各々なんとか慰めてはいるが、金があれば時間がないし、時間があるときは意外に金がないしで、加えて世間に忌み嫌われてる真選組の隊士とあっては、商売女が吹っかけてくるぐらいしか潤いが足らないというのが正直なところ。吹っかけられた金額を、そう毎度毎度払えるわけでなし、体の欲は満たされても心は空っぽなまんまだしで、やっぱりどうにもこうにも、そこだけが不自由なのである。
 中には外にきちんと女がいたり、妻子を持ってる奴がいないわけではないけれど、ほとんどの隊士は一人身で孤独を身の内に飼って、寂しく右手でソロ活動をしてますよ、というのが悲しい実情だ。

 そう、そのはずだ。なのに何がどうしてこうなった。
 




「土方さん土方さん土方さん!」
「うっせえ! 一回呼んだら聞こえるっつーの。何だ」
「クリーニングのタグつけっぱなしですよ! 今日は上の会議なんでしょう」
「馬鹿、最初に外しとけよ」
「会議が急に入ったって、いきなり言うからでしょう。そういうことはもそっとはやく教えて下さい。いろいろ準備があるんだから」
「あーはいはい。うるせえな。おら、タグ取れ」
「もー、……ちょっと、屈んで下さいよ」
「いちいちめんどくせえなぁ……」
「そんなこと言って、それ付けたまんま行って恥かくのは土方さんですからね! ……はい、取れた。いいですよ」
「ん」
「お帰りはいつ頃になるんですか?」
「夜。八時までには帰れるだろうが、何だ」
「いえ、俺も今日ちょっと外に出るのでね。時間が合えば一緒にお食事でも」
「奢りか」
「何でですか! 土方さんの奢りですもちろん。煮魚食べたいなぁ煮魚」
「外って何だ」
「何って、松野屋の」
「つうことは女装か。飯、そのままで行くつもりか?」
「ですよ。きれいにしていきますよー、隣に並んでも見栄えがするように。嫌ですか?」
「嫌ってこたァねえがな。……それなら、一回戻って、車出すぞ」
「え、何で?」
「近場の店だと面倒だろうが。お前が毎回違う格好しやがるから、俺はとんだ色男だぜ。また違う女性ですか、なんて言われちゃ敵わねえよ」
「ああ、それでこないだお昼、そろそろ腰を落ち着けなさいって言われてたんですか。俺はまた、どんな浮名を流してるのかと興味深く思ってたんですが」
「お前のせいだっつうの、馬鹿。あー、だから、何の話だ」
「一回戻って車出す話。戻んなくても、俺が迎えに行きますよ」
「いい、いい。俺が運転すっから」
「え、なんで」
「何でってお前、女の格好、すんだろうが。女に運転させて俺が助手席なんてのは、格好悪くていけねえよ」
「つって、俺男ですけど」
「んなこたァわかってんだよ。見え方の問題だ、見え方の」
「はあ、じゃあ、一度戻ってきます。八時ですね」
「遅くなりそうだったら連絡する」
「はいよ」
「あ、山崎」
「何でしょう?」
「隊服、クリーニングに出すついでに、袴も一緒に出しとけ」
「なんかあるんですか?」
「上の祝い事がな。俺まで駆り出されるかはわかんねェが、準備しとくにこしたこたねえだろ」
「そういうことなら。わかりました」
「頼む。どこだったかな、右の箪笥の……」
「押し入れの衣装入れの一番下、です」
「そうだったか?」
「そうですよ。だって俺が仕舞ったんですもん」
「よく覚えてんな」
「土方さんはいい加減、靴下の場所くらい覚えて下さいね」
「お前が覚えときゃ、それでいいだろ。じゃあ」
「はい」
「行ってくる」
「はい。行ってらっしゃい。お気をつけて」
「ああ」

 ガラリ、と玄関の戸が開いて、ピシャリ、と閉じる。そこまできちんと山崎は見送って、次いでひらりと踵を返した。小走りで向かうのは副長室だ。きっと今から、袴と隊服を取り出してクリーニングに出す準備をするのだろう。

 なんで山崎が? 山崎って副長付の小姓だっけ? 違うよね?

 土方が部屋を出てから出かけるまでの一連の会話が、嫌でも耳に入ってしまった哀れな隊士たちは、談話室でこっそりと顔を見合わせた。そろそろ時間だとはわかっていたのに、まだ大丈夫だろう、もう少し時間があるだろう、と、ぐずぐず残っていたのが災いした。さっさと持ち場に付いておけばあんな会話聞かずに済んだのに!
「……俺も女房欲しいな」
「バカ。言うな」
「俺、山崎でもいける気がしてきた……」
「お前それ副長に聞かれたら切腹だぞ、きっと」
 ひそひそと言葉を交わし、一斉に溜息を吐く。
 山崎が仕事のために女装をするのは、役柄仕方ない部分もあるだろう。変装を得意とし、隠密活動を主とする監察だから、そのこと自体に疑問は湧かない。が、その仕事のあと食事に行くからと言って、わざわざそのままの格好で出掛ける必要があるだろうか。
 車取りに戻るんなら着替えりゃいいんじゃね? という疑問を、ぎりぎりのところで呑みこむ。口にすればきっと後悔すると分かっているからだ。こういうことは、深く考えないまま聞き流してしまう方がいい。
 変装したそのままで真選組副長と歩いてたら意味ないんじゃねえの? とか。
 どうせそれとはわからないように、着物も化粧も変えるんだろうが。
 着替えるなら女装を解けよ! という話だ、やっぱり。けれど決して誰も口に出しはしない。出した途端、その重苦しい現実が談話室を埋め尽くすことが分かりきっているので。

 女装した部下と飯食いに行ってなにが楽しいの? 女装したまま飯食いに行かせるためにわざわざ車回すの? そして何で山崎はそれに疑問を持たないの? どうして副長の隊服をいつも山崎が用意してるの? どうして副長の袴だとか靴下の場所を副長じゃなくて山崎が把握してるの?
 お前ら一体何なんだ。答えなんざ聞きたくもないが。

「……さーて、仕事すっかな」
「俺、袴どこにやったっけなぁ……」
「把握してくれる女でも見つけろよ、外でな」
 これ以上犠牲者を増やしてくれるな、との言葉を向けられた隊士は、真摯な顔を作って頷く。
「……まあ、今日は外で飯らしいから、とりあえずは」
「ああ、とりあえずは、これで終わりだろ」
「……風呂で鉢合わせとかしねえように祈っとけ」
「どうせ外で済ましてくるんじゃねえの、それも」
「おま、言うなよあんま、そういうこと。生々しいから」
「おめえの考えの方が生々しいだろ、口に出すなよ、頼むから……」

 とにかく今日は、とりあえず、夜食堂で繰り広げられるあれやこれやがないことに、静かに感謝をするべきか。

      (09.11.29)




「夫婦な土山+一人身な真選組隊士」というリクエストを頂いたので書きました。夫婦土山があんまりラブじゃなかった。土山的日常すぎてあれだった。
土方さんのスカーフやら上着やら靴下やら何やらを準備するのは全部山崎の仕事です。
食堂でお茶を入れてあげたりご飯よそってあげたり、みんながセルフでやってること全部、土方さんは山崎にさせます。普通です。
そして、これでも二人は関係を隠し切れてると思ってるんだぜ!
書いてて大変楽しかったです。ありがとうございました!