口元と目元に赤い血を滲ませながらだらりと畳に寝転がる山崎にそっと近づけば、閉じられていた瞼が重たげに開かれて、
「おきたたいちょお」
間延びした声が切れた唇から零れた。
「何してんの」
「あー……何してんでしょう」
「何やらかしたんでィ」
「いやぁ。普通にミントンしてただけっスよ」
へら、と笑って山崎は体を起こした。やけに緩慢な動作なので背を支えてやれば「いたい」と情けない声があがる。
「ばか」
「えへへ、ばかです」
「こんなになるまで、殴らせんなよ」
「つって、止めてって言って止めてくれるような人じゃ、ありませんしねえ」
へらへらと笑いながらようやっと体を起こした山崎は、いってー、と声を上げながら腕や首や腹をさすった。隊服に隠れた様々な場所が、痣になっているのだろうと思われた。
「殴られるようなこと、するなよ」
言えば、山崎は「はは」と軽い笑い声を上げて、緩く首を傾げる。痣になっているであろう場所をさするその手が、まるで愛おしいものに触れるようで、
「嬉しいのでね」
ぽつりと落とされた言葉に、沖田は目を逸らすしかなかった。
片思いをしている。
実に不毛な恋である。
「何かさぁ、なんだかんだで俺のこと気にしてくれてんだなぁ、とかね」
「え、きもい。山崎きもい」
「ひどい」
不毛なうえに本人の頭が悪いのでなかなか悲惨だ。わざと仕事をさぼって殴られて喜ぶだなんて正気の沙汰ではない。限りなく不幸だ。なのに本人はへらへら笑っている。
目元の傷口に消毒液を染み込ませた脱脂綿を押し当てれば、山崎はびくっと肩を揺らしてぎゅっと目を瞑った。
「動くなよ」
「ね、沖田隊長、別にいっすよ」
「何が」
「手当てとか。たいした傷でもねえのに」
「なんだよお前山崎のくせに不満があんのか」
「何それ俺のび太?」
「のび太に謝れ」
「何で!」
消毒した傷口に絆創膏をそっと貼る。そうっと目を開けて指で絆創膏を撫でた山崎は少し困惑したような顔で「ありがとうございます」と小さく言った。どうせなら、もっとこう、明るい笑顔で言えばいいのに、と沖田は面白くない。
「かわいくねえやつ」
「沖田さんは優しいですねえ」
再びへらへらとした掴みどころのない笑みを浮かべて、治療道具のごみを丸めながら山崎が突拍子もなく言い出したので、少しく沖田は面食らった。
「は?」
「副長が、ほら、あんなだから。優しさが染みるっつうか」
「俺のありがたみがよぉくわかったろ」
「うん。好きになっちまいそうです」
くすくすと零れる笑い声さえなければ。
今ここで抱きしめたって、きっとよかっただろうけれど。
「お前みたいなのに好かれたって、面倒なだけでィ」
消毒液に蓋をしながら目を逸らして言う沖田に、ひどい、と笑いを含んだ山崎の声が返る。
顔をあげてちら、と見れば、唇の端が切れているのが目に入って、あああれも治療しなくっちゃな、と、ぼんやり思う。
「あーあ、しんどい」
「そう思うんだったらやめろよ」
「やめようとおもってさぁ、やめれるものじゃないじゃないっすか」
「へえ」
「どうしようもなくても、好きなんだよ」
「あっそ」
「沖田隊長モテるから、片思いとかしたことないでしょ?」
「何だよそれァ」
「だってさぁ」
顔はいいしさぁ、何だかんだで優しいしさぁ、と続けながら、山崎は再び畳のうえに寝転がる。緩く目を閉じる、その姿。
「俺、沖田さんにしとけばよかった」
「俺をあいつの代用品みてェな扱い方すんじゃねえや」
手を伸ばしてみる。髪に指で触れてみる。山崎は少し目を開けて、小さく笑う。
「好きなんだろ」
「うん」
「どうしようもなくても、好きなんだろ」
「うん」
「だったら、頑張れよ」
「……うん」
優しいなぁ、と笑いながら再び目を閉じる山崎の唇が浅く切れて血が滲んでいる。
優しいのなんて当たり前なのだ。あわよくば、と思っているので。
あいつなんてやめて俺にしろよ、という言葉が今日もまた、形に出来ずに気管を塞ぐ。
滑らかな山崎の髪を撫でながら、唇の傷口を舐めてえなぁ、と、沖田はそんなことばかり考えている。
そうとも知らずに山崎は安心しきったように力を抜いて、髪を撫でられるがままになっている。
今ここにあいつが踏み込んできてこの情景を目にしたら、いったいどういう展開なるだろうと考え、考え、答えは出ない。どういう展開を自分が望んでいるのかわからない。
怒られる筋合いはねえけど不機嫌にくらいなってくれねえと山崎が可哀想だなぁ、とか、そんな優しいことを、どうしても、思ってしまうのだ。
片思いをしている。
実に不毛な、恋である。