最初に知ったのは花見のときで、そのときはあの副長のパシリかぁ大変だなァくらいにしか思わなくて、それから何度か顔を合わす機会があって、どうやら勝手に仲良くなったらしい新八にあの子どういう子? と聞いてようやく副長助勤の山崎退ということを知った。関係は今のところ、ただの顔見知り。真選組に殊更興味があるわけでも、あの副長に個人的に恨みがあるわけでもない。ただの、顔見知り。なのに。


「あ、えーと、山崎くん? だっけ?」
「あ、万事屋の旦那。どうも」
 たまたま街中で偶然ばったりあって、あ。と思った瞬間に目があったので声をかけてみた。
「何してんの、こんなとこで。買出し?」
「はい。俺今日非番なんで、副長のために煙草とかマヨネーズとか」
 苦笑しながら袋を広げて見せてくれた。その中には、言葉通り煙草とかマヨネーズとか。非番なのになんでパシリみたいなことやってんだこの子、という疑問が顔に出たのか、苦笑を濃くして彼は言う。
「コレないと機嫌悪くなって、後が困るんで。休みのときに買うってのも、仕事なんですよね」
 その顔は、うんざりしてるとか嫌だとかそういう感じではなくて、仕方ないなと言っているようだった。何かもっとこう、嫌がるとかうんざりしているとか、そういう顔をしていれば、よかったのに。
「ふぅん、大変だねー」
「本当ですよ。旦那はお仕事ですか?」
「うんにゃ、パチンコ。で、スって来た帰り」
「あはは、新八くんに怒られますよ」
 どうやら新八と仲が良いのは本当らしい。どういう経緯で仲良くなって、どの程度仲が良いのかは知らないが。
「じゃ、失礼します」
「あ、」
「え、何ですか?」
「あ、あー……いや、」
 思わず、呼び止めていた。うっかり。呼び止められて立ち止まった彼は、きょとんとした顔でこちらを見ている。ここで、何でもないなんて言えば、不思議そうにしながらもさっさと立ち去ってしまうだろうことは容易に想像が出来た。そして自分が、そうして立ち去った彼を3秒後にまた呼び止めてしまうだろうことも。
「何か? 副長に伝言とかですか?」
 まったく検討違いのことを言って首を傾げる。
 副長副長副長副長。休みの日って言ったよね? 休みの日まで副長副長なワケ?
 妙な苛立ちを感じて、その苛立ちを気持ち悪く思いながらも、ぐるぐると言葉を探す。そもそもどうして呼び止めた? 何の用事で?
 違う、用事なんかじゃない。ただ。

 ただ、副長副長ってあんまりにもそればかりだから、真っ直ぐその「副長」のところに行くのはムカツクな、と思って。
 ただ、あんまりにもなタイミングで偶然会ってしまったから、これはもう運命なんじゃないだろうかと思って。

「あの、さぁ」
「はい」
「……メアド、交換しない?」
「はァ?」
 素っ頓狂な声を上げる彼に、ごめんごめんいきなりで、と謝って、いそいそとポケットから携帯を取り出した。これはもう、絶対に料金滞納なんてしない!と心に誓う。
「奪いたくなっちゃったからサ」
「は……? 何なんですか一体」
「いいからいいから、ほら、教えてよー」

 「副長」に恨みがあるわけじゃない。真選組に殊更興味があるわけでもない。
 ただ、もうこれは運命だから、いっそ副長副長って言う代わりに銀さん銀さんって言えば可愛いのになァと思って。
 それだけ。

「メールするから、待っててねー」
 教えてもらったアドレスは、名前にハートマークを付けて登録しておいた。
 困惑顔の彼に、にこりと笑ってふわりと手を振った。




 とりあえず最初のメールは「好きです」でいいだろうか。
 そんな間違ったことを考えている午後8時。


      (08.06.03)