公園のベンチにだらりと座って、ぼんやり空を見上げているあの人を見つけてどきりとした。口元に銜えているアイスキャンディーが、溶けて棒を伝っている。ああ、そのままだと垂れて着物が汚れるなぁ、と思って、それを理由に声を、かけた。
「万事屋の旦那」
「……あ、山崎くん」
二度、瞬きをしてぱちりと焦点を合わせこちらを見る。口からアイスを離してにっこりと笑った。満面の笑み、というほどではない。嬉しさが滲み出ているような笑み、でもない。ただにっこりと笑った。ふわふわ銀髪のおかしな人。
「アイス、溶けてますよ」
笑ってそう言えばようやくそれに気付いたようで、もったいねェ! と叫んで棒を伝う溶けたアイスを舐める。べろり、と、覗いた舌の赤にどぎまぎして、そんな自分にもどぎまぎした。
「何ぼーっとしてるんですか」
「いやー……」
笑いながら続けて聞けば、言葉を濁す。アイスを舐めて、齧って、
「食べる?」
「は?」
「コレ」
「いやいいです。ていうか明らかに食べくさしでしょう、ソレ」
「うん」
まあ、そうなんだけどね。苦笑して、残りのアイスを、齧って、舐めて、齧って。ゴミになった棒を律儀にゴミ箱へ捨てに行くために、彼は立ち上がった。
「んー。山崎くんは仕事?」
「はい。市中見廻りで」
「へー大変そー」
そんなことを言いながら、目の前の人は俺を見ようとしない。わざと視線を逸らされているような気分がする。きょろり、と視線を動かしながら、唇には笑みだけ貼り付けている。何てことはない日常のように。
ああ、この人やっぱり俺をからかっていて、それで、からかうにしても術が悪すぎたなぁと後悔して、だから俺の顔を見れないのか。
そう考えると納得がいって、なるほど、と一人頷いた。そんな俺を、視界の隅でちらりと見て、しかし俺と目が合いそうになると微妙に逸らす。
イライラする。
「じゃあ、俺行きますね」
「あ……、うん」
俺の方から視線を逸らせば、追うようにこちらを見てくる。イライラする。何か言いかけるように口を開いて、しかしそれも結局閉ざされてしまった。もし、謝るつもりなら、そんなことはしないでもいいのになぁ。俺は別になんとも思っちゃいないし、謝られてもどうしていいのか分からないから。
しかし。俺の中の旦那のイメージは、もっと弾けていて、もっと無茶苦茶で、もっと潔いようなものだったのに、それでいけば今日の旦那はまったくらしくないな、などと考える。何か嫌なことでもあったか、それか、二日酔いなのかもなぁ、なんて、これまた勝手に考えて、屯所に戻るためくるりと回れ右をした。
「あー、山崎くん」
歯切れの悪い声が聞こえる。これは振り向いてもいいのかなぁ、と妙なことを思案しながら、そろり、と振り返る。バツの悪いような顔をした旦那が、今度は真っ直ぐこちらを見ていた。これはいよいよ謝られるなと思って、先に、別に気にしてませんから、と笑うために笑顔を作った。
「メール」
「ああ、はい。あれなら、」
「の、返事が」
「…………は?」
ごめんね、と続くのだと思ったのに遮られて、煮え切らないようにあーとかうーとか言いながらまた視線をさまよわせる。そして、もう一度こちらを真っ直ぐ見て、
「返事がなかなか返ってこないから失敗したかなと思ってヘコんだりしてたんだけど、やっぱり山崎くんは告白はメールより直接言われた方がいい派?」
一息で。
潔い。という俺のイメージはとりあえず間違ってはいなかったようで、先程まであんなに言いにくそうにしていたのに、言ってしまった今は答えを催促するかのようにじっとこちらを見てくる。じり、と一歩、近づかれて、一歩下がるのを懸命に堪えた。
恋愛相談。これは恋愛相談をされているのだ、と思って、言葉を考える。浮かべた笑みを消さないまま。口を開けばするすると言葉が飛び出した。
「さあ? どうでしょう。でも文面よりも直接の方が、気持ちは伝わるかも知れませんね。あと、メールだといちいち読んだあと冷静になっちゃいますから、その場の勢いっていうのは大切なんじゃないですか? ただ、後々文面が見返せるっていうのは、両思いだった場合はアリですよね。何か二人の記念、みたいな――」
「好き」
「…………は、」
「俺、山崎くんのことが好きみたいなんだけど、山崎くんはどう?」
真っ直ぐに、こちらを見られると。
誤魔化しが、利かない。
何て答えるのが正解だ。そうそうそんな感じで、と流すのが正解か。それとも。これは、からかいの延長か、それとも。何だ、これ、何が。どう、して、 。
考えがまとまらないうちに、旦那が一歩、俺に近づいた。思わずじり、と下がりかけるが間に合わない。ぐっと顔を覗き込まれて、息が、止まる。
「その場の勢いで、付き合ってみねェ?」
何を考えているのか分からないような目をしている、と、思っていたのに。真っ直ぐ射抜かれて呼吸が出来ない。からかいの笑みを浮かべるでもなく、至極真剣に。人の言葉の真意を読むのも、人の嘘を見抜くのも、得意なはずだったけど、でも。
「俺、屯所に戻らなきゃ行けないので。失礼します」
にこり、と、ようやく浮かんだ笑顔を顔に貼り付ける。気付かれないように二度呼吸を深くして、するりと言葉を浮かべる。何もなかったかのようにすっと旦那の傍を離れて、じゃあまた、と笑顔で頭を下げた。
呼び止められるかと心配したが、背中に声は掛からなかった。公園を出て、角を曲がって、そこまでは普通の足取りで何気なく歩いたが角を曲がった瞬間地面を蹴る。全力疾走。
顔が熱いのは走ってるせい。息が苦しいのも走ってるせい。
何が勢いだ。何が。ああ、もう、
静まれ心臓!
(08.06.04)