「今日です」
「え、今日!?」
「はい」
もう太陽が沈みかけ、影が長く伸びているような時刻。
いつものように公園のベンチに隣り合って座る山崎の重大発言に、銀時は口に含んでいた飴玉をうっかり落としそうになった。
「……え、本気で今日が誕生日?」
「そうですよー」
「教えてくれよ!」
「え、何で?」
「何でって……」
思えば自分の誕生日にはまだお付き合いとかしていなかったのでついうっかりそういうイベントがあるということを、銀時は失念していた。
クリスマスや年末年始が一緒に過ごせないのは仕方がないとして、次はバレンタインかーなどと浮かれていたわけである。誕生日。そういう重大イベントの存在を、ついうっかりで忘れる己の脳みそもどうかと思うが、それをまったく主張しないでいて、いざ当日もへらへらとしている恋人の存在も少しばかり恨めしい。
(ていうかこれ恋人? 恋人だよね、これ? 付き合ってんだよね俺たち?)
疑問符を飛ばしながら額に手を当てれば、空気を感じ取ったのか山崎が小さな声で、「ごめんなさい」と謝った。
「……いや、別に謝んなくてもいいよ。俺も聞かなかったんだし。あー、でもごめんね。知ってたらケーキ作るとかなんかプレゼントとか、いろいろ考えたんだけど……」
「万年金欠のくせに何言ってんですか」
あはは、と快活に笑う山崎をじとりと睨めば、やばい、というような顔をして口を噤む。
あのね、俺もね、男の子だから好きな子に金ないことで気を使わせるのは嫌なんですよ、と心の中だけで呟いた。万年金欠なのは事実なので、声に出して反論はできないのである。
「いや、実際ね、俺誕生日とか結構どうでもいいんですよねー」
うー、とかあー、とか唸る銀時を苦笑気味に見つめて、山崎が言い訳するように言った。
「昔からそんな盛大に祝ってもらったこともないし、自分で忘れてるときとかあるし。忙しいと日付の感覚とかないこともあるんで、今日だって覚えてた今年が奇跡みたいなもんですよ」
まだ誰からも祝ってもらってないし、と言って、山崎が何かに気づいたように嬉しそうな声を出した。
何? と首を傾げる銀時に向かって、じゃあね、と甘い声を出す。
「おめでとうって言ってください。今なら旦那が一番乗りです」
「そんなんでいいの?」
「そんなんがいいです」
なんだか胸を張るように山崎が鷹揚に頷く。
銀時は後ろ頭をひとつ掻いて、こほん、と咳払いをした。
「山崎退、くん」
「はい」
「お誕生日、おめでとうございます」
ありがとうございます、と笑った山崎は、本当に嬉しそうだった。
こんな嬉しそうな顔が見れるなら、いくらだっておめでとうを言ってあげてもいいのに、と考えて、銀時は再び後悔する。
きちんと聞いて、覚えていてあげて、祝ってあげたらどれだけ喜んでくれただろう。
事前にきちんと準備してそうしてあげたら、山崎はどれだけ嬉しがってくれただろう。
「今度、ちゃんとなんかするわ」
「いいですって! 今のですごい嬉しかったんだから」
「うん、でも、俺がね、もっとしてあげたいのよ山崎に」
「でも……」
「いいから」
万年金欠なのは本当だ。先月の家賃がまだ払えていないのも本当だ。
そろそろ家に食べ物が尽きそうなのも、ストーブの点きが悪くなってびくびくしているのも本当だ。
育ち盛りの子供が一人家にいるのも、いたいけな少年にちっとも給与を払えていないのも本当だ。
本当なのだけれど。
再び唸りだした銀時に、山崎は肩を竦めて溜息を吐く。
銀時さん、と滅多に呼ばない名前を呼んで、銀時の顔を上げさせた。
「じゃあね、俺欲しいものがあります」
「マジ? 何?」
あんま高いものだと困るな、という言葉は喉の奥に押し込む。
気づいたのか、山崎が困ったように笑って、
「これください」
と、銀時の襟をぐい、と引き寄せキスをした。
目を丸くする銀時の唇を割って、山崎の舌が滑り込む。
驚く銀時の舌からすでに半分以下の大きさになった飴玉を掬い取って、ゆっくりと唇が離れた。
「……いただきますね」
舌の上に飴玉を乗せ、ちらりとそれを見せ付けるようにする。
突然のことに少しも反応できなかった銀時は、思わず手で口を覆い、うわあ、と情けない声を出した。
「山崎くん、おっとこまえー……」
「ありがとうございます」
にこ、と笑った山崎は、じゃあ俺そろそろ帰りますね、と言って立ち上がった。
また今度、とひらひら手を振って、あっさりベンチを後にする。
銀時は、小さくなっていく山崎の背にひらひらと力なく手を振りながら、
「……やべえ、惚れそう」
小さく呟くのが精一杯。
これ以上本気にさせて、君は俺をどうしたいの。
赤い顔でそう言って、額に手を当て低く唸った。