今日の天気予報は晴れなんて、アテにならないのを忘れて出かけた俺が悪い。
「どうするよ……コレ……」
両手は買い込んだ食材で塞がっている。ちょっと肌寒いから今日は鍋!なんて局長が無責任に言い出して、結局買出しは俺の役目だ。そしてきっと、この食材を切って準備するのも俺の役目だ。そして、きっと、いざ鍋が始まったら副長と沖田隊長が各々鍋奉行をしたがって、喧嘩して、宥めたらきっと八つ当たりされて、最終的に俺は、ほとんど食べられない。間違いない。
さて、とりあえずどうしたものか。肌寒いのは当然で、雨がざあざあ降っている。
買い物はすべて済ませたし、後は帰るだけなのだから多少は濡れても構わないけれど、俺じゃなくて食材が雨に晒されたらきっと怒られるんだろうなあ。
止むか、せめてもう少し小降りになるまで待った方がいいんだろうか。考えてる間に両手が痺れてきた。ヤバイ。重い。膝をつかってよっと抱えなおす。手のひらにビニールの紐が食い込んで赤くなっていた。
確か店の中に喫茶店が入っていたはずだから、そこでちょっと時間を潰そう。ただ生物もあるからなるべく早く止んでくれないと困るなぁ。と、どうにも止みそうにない空を見上げる。だって梅雨だ。
喫茶店に向かうため踵を返す。二歩、歩いたところで、ズボンのポケットから振動が響いた。
「う、わっ…!」
携帯が鳴っているのだと気付いても、両手が塞がっていて取り出すことが出来ない。足元は雨で濡れていて、そこに食材ばかりが入った袋を下ろすわけにも行かない。どうしよう、どうしようと考えているうちに、振動は止まった。そして再びすぐに振動。
「ちょ、え、どうしよ、」
そうだ中に入って台の上に袋を置いてしまえばいいんだ。やっと気付いて三歩、駆けたところで肩をぐっと掴まれた。
「うわっ……!」
「テメェ電話にくらいさっさと出ろッ」
肩を掴まれたことでバランスを崩した身体を支えるでなく、後頭部を容赦なくバシンと叩かれた。それが拳でなく平手だったのは俺への配慮じゃない。食べ物への配慮だ、絶対。
「いってぇ……」
「遅ェんだよテメェは。買い物だけでどんだけ時間かかってんだ。女かお前」
「や、だって雨が降ってて傘がないんですもん。帰りようがなかったんですよう」
見上げた先には、ちょっと怒ったような顔。そういやこの人も午後は非番なんだっけ、と今更ながらに思い出した。
「副長、どうしたんですか?」
大型スーパーと副長というのはとても似合わない絵だったので思わず聞けば、今度は軽くデコピンされる。
「……土方さん、どうしたんですか」
言い直せば、ちょっと満足そうな顔をした。鬼の副長の癖に、たまにこういうことをするから腹立たしい。何が鬼の副長だ。
「あまりにも遅いから、迎えに来てやった」
まったく、この人は、本当に。
「土方さん、」
「白菜をな」
「うおーい、そっちかーい」
「おら、貸せ」
差し出された手に、右手に持っていた袋を預けた。じとり、と睨むと笑われた。
空いた手に今度は傘を渡されて、ばちんと開く。隣で土方さんも同じように自分の傘を開いた。右手には傘。左手には鍋のための食材がいっぱい。
「今日は沖田隊長とケンカしないでくださいね」
「しねェよ別に。アイツが突っかかってくるだけだろ」
「じゃあそれに乗っからないで下さいね」
「乗っからねェよ、面倒臭ぇ。ところで山崎、マヨネーズは買っただろうな」
「いや、まだ冷蔵庫の中にあったんで買ってないですけど」
「はあ? あれじゃ足りねーだろうが」
「いや、何でですか足りるでしょうよ」
「足りねーだろ、何人分の鍋作ると思ってんだ」
「は!? いやいやいやいやちょっと待て何で全員分のマヨネーズがいるんですか!」
「お前、鍋にはマヨネーズだろ、とりあえず」
「鍋にはじゃねーよアンタ何にでもマヨネーズでしょうがとりあえず!」
「マヨネーズ入れときゃ間違いなんだよ」
「間違いまくりだどう考えても! 入れるなら自分の取り皿に入れてください。ていうかいい加減マヨネーズの食べすぎはどうかと思いますよ。マジ健康に気をつかってくださいって」
「大丈夫だよ、皆で食えば怖くねーから」
「怖ェよ! あー、もう俺今日は絶対沖田隊長側に付きますからね」
「迎えに来てやったの誰だと思ってんだ、あァ?」
「土方さんが迎えに来たのは俺じゃなくて白菜なんでしょ」
あ、やばい。
いつものように軽口の応酬をしていたら、つい、うっかり。
拗ねたような口調になったことに慌てていたら、案の定、隣を歩いている人に思いっきり笑われた。
「お前、本っ当に……」
「なんですか」
「いやいや、うん、まあ、拗ねるな拗ねるな」
右手は、傘で塞がっていて、左手は、白菜だとか豆腐だとか春菊だとか肉だとかで塞がっている。手は勿論繋げないし、肩を寄せ合う距離には入れない。
雨が、近くで傘をバチバチ叩くので、わざとそれに紛れさせるように、小さな声で隣の人が。
「俺が迎えに来たのは、お前だから安心しろ」
呟いて、低く笑うので。
わかってますよ、そんなこと。
まったく、本当に。
「愛しいなぁ」
雨に紛れて呟いた。聞こえてもいいと思っていた。
同じように、同じ言葉が、隣の人から聞こえたので。
何もなかったことにして、鍋の話をしながら帰った。二人で。