夜中に静かに起き上がり、指で、そっと髪に触れた。少し硬い黒の髪が指に引っかかってすぐに、するりと落ちた。自分のものより短いそれを指の背で二度、三度、撫でる。眉間に皺が寄ったようで慌てて離した。暫くたてばすう、と落ち着いた表情に戻るので、そっと安堵の溜息。
「十四郎さん」
そっと、空気に混ぜるように吐息に紛れて呼んだ。大切な言葉を口にするように、そっと慎重に。声に出せば、途端に恥ずかしくなって、同時にひどく幸せで、うっすら微笑んでもう一度黒髪に手を伸ばした。
少し開けていた窓から夜風が入り込み、剥き出しの肩を撫でていく。寒いなぁ、と思って、布団に入ってしまおうかなぁ、と思った。あたたかい布団の中で、あたたかい腕の中に入れてもらってしまおうかなぁ。
けれど、そうすれば心地よすぎてすぐに眠ってしまうことがわかっていて、眠ってしまうことが勿体無くて、結局そのまま、眠る人の横に裸のままで座り込み、薄く入ってくる月明かりだけを頼りに眠る人を見つめていた。
「好きです、十四郎さん」
微笑みながら、何度目かの言葉を口にする。情事の熱に任せて口にするときよりもずっと確かに、ずっと気持ちを込めて。自分の身体を何気なく見落として、胸より下の衣服に隠れるであろう場所に3つ付けられた口吻けの痕に、思わず笑った。指でそっと触れ、好きです、と小さく零す。
こぼれる寝息が、愛おしい。今なら苦もなくこの人を殺せる、と思って静かに笑う。心臓を一突きにしてもいいし、首をゆっくり絞めてもいい。首筋に刃を当てて引いてもいいし、拳銃で頭を撃ち抜いてもいい。
今ならすぐに、この人を殺せる。それほど無防備な寝息が、愛おしい。
殺すのなら、毒がいいなぁ、と思う。
毒がいいなぁ。毒を、甘い甘い水に混ぜて、そうして、口吻けて飲み込ませたいなぁ。そうすればきっと同じ味で、きっと同じように死ねる。
生きている彼が美しいと思うから、死んで欲しくないなぁ、と思っている。誰にも、この美しい命を絶えさせたくないなぁ、と思っている。代わりにもならないが、自分の命で構うのならいくらでも代わりに差し出すつもりでいる。生きている彼が美しいと思うから、自分より先にその美しさが消えてはならない。
けれどもし失われる命なら、それを絶えさせるのは自分がいいなぁ。
そうして、全て奪って、最後を独り占めするのだ。
最後の意思も表情も抵抗も力の消え行く様も、最後の吐息の一つまで、独り占めして、それから、それを誰にも奪われないようにすぐに追いかけていけたら。どこまでも。
眠る人が小さく身じろいだ。起きてしまわないように呼吸を止める。何かを探すように彼の腕が動いて指が動いて、それから薄く、目が開いた。
「…………退?」
呼ばれてぴくり、と肩が揺れる。返事をするより先に、起きてしまった人の視線がこちらを捉える。
「……何、やってんだ…」
「いえ……」
何も。首を振る山崎に土方が眉根を寄せる。
「寒ィ」
「あ……窓、閉めてきま、……ッ」
立ち上がりかけた山崎の手首が強い力で握られる。うろたえたところをぐっと引かれてそのまま布団の中へ引きずりこまれ、腕の中に抱き込まれた。
「寒ィ」
「…………」
「ちゃんとここにいろ」
はい、と、山崎が答えるより先に土方の寝息が聞こえ始める。すう、と安心しきったように。今すぐにでも、殺せるな、とやはり山崎は笑った。
「十四郎さん」
指の背で、近くにある頬を撫でる。それからは大人しく腕の中に納まって、抗いがたく心地よい眠りの誘惑に身を委ねることにする。
「……本当に、ずるい人」
今すぐにでも殺せるような距離で、今すぐにでも殺せるような無防備さを見せるから。
それだけでもう、殺されてしまいそうな夜。