いつだって自分の我侭優先で甘えてばかり。こちらの我侭は後回し。
腕に巻いた包帯をこれでもかというくらいきつく絞められて、土方が顔をしかめた。煙草を離して文句を言おうと口を開きかけるが、力をいっぱい入れているくせに包帯を扱う手つきが存外丁寧なので、やめる。
「それでね、まずは藤堂を誘ったんですよ。そしたら最初はいいぜって言うから、ラッキーと思って待ってたのに全然来なくて。仕方ないから迎えに行ったら、八番隊の連中で大富豪とかやってんスよ。俺待ってたのに! みたいな。まあ混ぜてもらったんですけど」
丁寧に包帯を扱って、傷口をきつく絞めながら、山崎は顔を上げないままどうでもいいことを喋り続けていた。いつもなら咎める土方の煙草にも、何も言わない。
「大富豪ってローカルルールみたいなのがあるじゃないですか。うちのクラスはこんなの、みたいな奴。あれがみんな全然違ってー。自分の都合のいいときは黙ってるのに、都合悪くなると持ち出すんですよ。ずるくないっスか?」
包帯を縛り終わって、土方の顔を見ないまま山崎が救急箱を閉じた。
喋り続ける山崎の言葉の狭間で、パタン、とやけに響いたその音に、以前もこんなことがあったなと土方は思い出す。その時怪我したのは山崎で、それを治療したのは自分だった。
怒りながら治療をして、謝る山崎に謝るなと怒った。
だから今、きっと山崎は怒っているのだ。
煙草を咎めず、顔も上げず、止まらないままどうでもいいことを喋りながら、山崎は怒っているのだ。きっと。
「山崎」
「俺そのローカルルールのせいで3回大貧民になりましたからね。3回ですよ、3回。あとは全部平民でしたけど。富豪にすらなれませんでしたけど」
「山崎」
「…………その後は、今度は沖田さん見つけたんで沖田さんに声かけたんですね。そしたら、丁度いいとこに来たとか言われて部屋の掃除を」
「山崎」
救急箱の箱に添えられたままの手に触れると、びくりとしながら言葉を止めた。何か言おうか言うまいか、迷うだけの間。顔も上げずに、山崎は何を言いたいのか首を横に少し振った。
土方の口にくわえ直された煙草の灰が、じり、と落ちて畳を焦がす。
常ならば怒るか溜息を吐きながら灰皿を差し出す山崎だったが、今ばかりは何も言わず、落ちる灰と焦げる畳をじっと眺めただけだった。
「お前、何怒ってんだ」
土方の問いに、山崎が顔をがばと上げた。勢いのまま口を開こうとして、絡んだ視線に逡巡。そのままそっと目を伏せて、ただ一言「怒ってません」と、怒っている声音で呟いた。
「怒ってんじゃねェか」
「怒ってません」
「怒ってる」
「怒ってません」
「怒ってるって、絶対」
「じゃあ何で」
山崎の手が、触れたままだった土方の手を払うように動いて、そのまま自分が巻いた包帯の上へと向かう。きつく包帯の巻かれた土方の左腕に縋るようにして、顔を上げないまま。
「何で、怒ってると思うんです」
静かな声でそう問われて、土方はばつが悪そうに視線をさ迷わせた。
遠くにあった灰皿を近くに寄せ、まだ長い煙草をもみ消す。
腕に縋った山崎が、包帯の上から傷口に少しの力で爪を立てた。
土方が自分で作った傷だった。避けようと思えば避けられたし、避けたからといって状況が格段と悪くなるような場面でもなかった。
ただ、避けずにいればそのまま斬れると思ったから、避けなかった。
浅く斬られるだけで済むのなら、腕で払ってしまって懐に入った方が楽だと思った。
避けられない怪我ではなかった。
自分の意思で、良いと思って作った傷だった。
「お前なぁ……」
煙の代わりに溜息を吐いて、土方は山崎の頭に手を乗せる。自分が悪いとわかっているので、自然と手つきが優しくなった。
「俺が怪我したくらいで怒ってたら、どうするんだよ」
「……怪我したくらいでなんて、怒ってないでしょう」
「じゃあ何で怒ってるんだよ」
「別に俺は、怪我したことに対して怒ってるんじゃない」
「……やっぱ怒ってんじゃねーか」
「……ッ、アンタは……っ!」
勢いよく顔を上げた山崎が、土方の目を真っ直ぐ見上げる。視線が絡んでやはり少し躊躇うように息を詰めたが、目は逸らさないままだった。
目は逸らさないまま、縋った左手に爪を立てる。
土方が痛みに顔を顰めた。
「アンタは……ずるい。自分ばっかり、我侭を言う。俺が怪我したときは勝手に怒るのに、俺が怒るのは許さない。怪我したくらいで怒ってたらどうする? わかってますよ、そんなこと。俺は別に、アンタが怪我して帰って来たから怒ってるんじゃないんだ。刀持ってんだから、怪我くらいするでしょうよ。俺が怒ってるのは、そういうことじゃない」
震える声で一息に喚いて、それからずるりと、山崎は土方に身体を預ける。
土方の胸に額を付けるようにして、荒くなった息を整えるように深呼吸。
「……怒るのくらい、俺の勝手でしょう」
その勝手で包帯をきつく絞められたり傷口に爪を立てられるのは勘弁願いたい、と苦笑しながら、土方は山崎の後頭部をあやすように軽く叩いた。両腕に縋るようにして寄りかかる山崎を抱きしめてやりたかったが、今簡単に抱きしめたりなどすれば、また怒り出すのだろうと思ったので我慢をした。
息を整えた山崎は預けていた身体をゆっくりと離す。それを残念に思って舌打ちを堪える土方の左腕、自分で巻いた包帯の上に、労わるように唇を落とした。
「アンタはいつも俺に我侭ばかり言うから、俺にもたまには我侭言わせてください」
「……何だよ」
包帯の上に口吻けながら、山崎は目線だけで土方を見上げる。
目を細めた土方に、
「これは、俺の大切な人の身体だから、簡単に傷をつけないで」
詰るような、ねだるような、声の響き。
堪らず土方は山崎の後ろ髪を掴み上向かせ、覆いかぶさるように口吻けをした。
自分の唇を我侭に塞ぐ土方の唇に山崎は歯を立てる。
加減をせず加えた力に、土方の唇がぶつりと切れた。滲む血の味。
そのまま擦り合わされて、山崎の唇が、土方の血で赤く染まった。
大切な人の身体だから、せめて大切にして欲しいのに。
いつだって甘えて我侭ばかりで勝手に振る舞い勝手に怒って、こちらの不安は後回し。