かさり、とコンビニの袋が鳴った。障子の影から顔だけ覗かせて名前を呼んだ。
「土方さん」
 おう、と言いながらこちらを見る顔。かさり、とコンビニの袋を持ち上げて見せた。
「花火、しませんか?」
 夏の思い出が欲しかった。



 裏庭で二人っきりでしゃがんで、俺と土方さんは花火をした。派手なものから地味なものまで、袋に入っているものは全て二人でやった。
「総悟、来ねぇのな」
 来ると思ったのに、と土方さんが不思議そうに言うので、
「そうですねぇ」
 と不思議そうに返した。本当は、沖田さんには俺が、来ないでくださいねと言ったことは黙っておこう。だって言えば、土方さんは不思議がるから。
 今更二人きりなんて、そんなこと、別に望んで欲しがる状況でもないのに。
 二人きりで花火を、なんて、そんなこと。
「おら、どっちがいい?」
「えーっと」
「あ、こっちか」
「え?」
「緑」
「はぁ」
「好きだろ」
 一本ずつしかなかった二つの花火は赤と緑で、土方さんは緑を俺にくれた。別に俺はどちらでも良かったのに、俺が緑が好きだからくれたらしい。好きな色なんて、ずっと昔、それこそもう5年とか6年前に一度言ったきりだった。それも、確か土方さんが突然、
「お前何色が好き?」
と聞いてきて、
「はぁ……まあ、緑、とかですかね」
と曖昧に答えたような、そんな会話だった。その会話の一週間後くらいに土方さんは、俺に深緑のマフラーをくれた。俺ですら忘れていた、俺の誕生日に。

 派手な花火も地味な花火も全部を全部二人でやった。
 もういい加減夜だから、あまりはしゃがないようにしようと思ったけれど、嬉しくてはしゃいでしまった。
 いい加減夜なのに、土方さんが俺の我侭に付き合ってこんな、屯所の裏で、コンビニで買った安い花火を二人でしてくれるということが、嬉しくて笑ってしまった。

「最後」
「ん」
 一番真ん中にあって、一番最後まで避けておいた線香花火は4本。
 二本ずつ分け合って、土方さんのライターでそっと火をつける。
 ぱっと燃え広がって、一度萎んで、それからもう一度燃え広がって、ぱちぱちと音をさせるそれは、まさに火の花のようだった。
 さっきまで明るく広がっていた花火の、火薬の香りが残っていて、夏の夜の香りと混ざり合っていた。ちかちかと線香花火が燃えて、だんだんとその光が弱くなって、そして、落ちた。地面に落ちたそれは一瞬光ってすぐに消えた。
「最後の一本」
 同じ頃落ちた土方さんの線香花火を見て、少し二人で顔を見合わせた。それから、お互い最後の一本になった花火に、そっと火をつけた。

「来年の」
 ぱちぱちと、花火が燃える隙間で、零した声は思ったよりも低く響いた。
 隣で、俺と同じようにしゃがみ込んで線香花火を持っている土方さんの横顔を見る。
「来年の夏も、一緒に花火、しましょうね」
 俺の方を向いた土方さんが、少し笑って、おう、と言った。


 ああ俺は、この人の為に死ぬのだなあと思って、それがたまらなくなった。
 たまらなく悲しくて、たまらなく嬉しかった。この人の為にいつか死ぬんだろうなあと思って、どうしようもなかった。
 来年の夏、俺が、この人の傍にいれるかどうかも分からなかった。
 明日明後日、いつ終わるかわからなかった。
 わからなくてもいいと思うくらい、それでもいいと思うくらい、傍にいられる時間がずっと幸せで、それが俺の全てだった。俺の全てはそれしかなかった。


 それでもいいと思うくらい、俺はひどく恋をしていた。


 最後の線香花火もやがて燃え広がって、そして、少しずつ勢いを殺していった。ぱちぱちと音をさせながら、中心の赤い部分がどんどん大きくなって、比例して火花が消えていった。
「あ、落ちる」
 震える指を、必死で堪えたのに、叶わなかった。ぽとりと音もなく落ちた赤は、地面の上で一瞬光って、それから消えた。
 隣を見れば、土方さんの花火はとっくに終わっていて、土方さんが咥えた煙草の赤い火だけが、俺の瞼に焼きついた。
「土方さん、」


 二人で花火をしたことを、線香花火がきれいだったことを、火薬の香りが夏の香りに溶けていたことを、笑ったことを、全部覚えていて下さい。
 俺が隣にいたことを、俺が笑っていたことを、全部覚えていてください。
 俺が次の夏、あなたの傍にいなくても。明日明後日、俺があなたの傍にいられなくなっても。
 一年後の約束をしたことを。一年後の約束を、俺が欲しがったことを。
 全部。


「好きです」

 土方さんの無骨な指が咥えていた煙草を外して、その火を地面に押し付けた。
 それから、俺の方へ手を伸ばして、何も言わずに俺の肩を抱いた。
 山崎、と、空気が震えて俺の耳に声が届いた。促されるように見上げて、当たり前のように目を閉じた。唇に湿った温もりが触れて、苦い煙草の味がした。

 それも全部、覚えていて欲しかった。
 こんなにも俺が、どうしようもない恋をしていたことを、夏に焼き付けて、


「覚えていてね」


 泣きそうな俺を何も言わずにあなたが抱きしめてくれたことも、全部。

      (08.08.15)