どうしても苦しくてその背中を見ていることが嫌で嫌でたまらない。耐えられない。苦しいとか間違ってるよなぁ、何だこの感覚は、と、上手く動かない脳味噌を苛立たしく思う。こんな頭じゃまともに仕事なんかこなせやしない。
苦しいんじゃないのか、とふと気付いて、じゃあ何だ、と考える。胸が、締め付けられる。苦しい。痛い? 何だこれは。
「腹減ったなぁ」
そんな言葉でもかけられるだけで顔が緩む。痛いだとか苦しいだとか今まで考えていたものは一気に消えてしまった。そうですねぇ、と返す。
「何か食ってくか?」
問われ振り向かれ、その双眸が和らぐのを見る。それは自惚れではないと、知っている。特別、だなんて、それが必ずしもいいこととは限らないけれど。少なくとも俺にとっては、とても幸せなことだ。特別だなんて。好きだと、そう言ってくれたのは一度きりだったけど、一生忘れてなんてやらないつもりでいる。
風が強く吹いて、顔にかかる髪が邪魔だ。
「おごりですか?」
「お前のな」
「いや、普通月俸から考えて上司が部下に奢るもんだと思うんですけど」
「団子が食いてぇなぁ」
「ちょっと!」
すたすたと歩く背中を追いかける。心地よく、ちりりと痛みが遅う。苦しい痛い、じゃなくて。愛しい? 違うような気がする。けれど当たっているような気もする。
隣りに並ぶことをせずに、ゆっくりと後ろを歩く。
「山崎」
「はいよ」
「何が食いたい?」
「あ、俺あんみつがいいです」
そうか、と楽しげな声が返ってきた。おごってくれるつもりなんですか?
何だかんだ言ってね、この人は俺のことが好きだ。それは自惚れではなくて、ね。
それはもう、きっと、この人が一番最初に俺の名前を聞いて笑ったときから決まっていたこと。運命とか言ってみちゃうよ。でも俺は、それよりも少し前、顔を見たときから好きでした。……嘘。もう少し前。
「ちっ、煙草が切れた。山崎、お前買って来い」
「……頼みますから真選組副隊長が煙草の吸いすぎで死ぬとかフォローのしようのないことは止めてくださいね」
途方に暮れた影の伸びる夕暮れ時に、歩いていたあなたを見ました。ああこの先どうすれば生きて行けるだろうとぼんやりと涙も出ずに立っていたときに、不機嫌そうなあなたを見ました。
そのときからですよ。だからきっと俺の勝ちです。名前を知るよりも先から、ずっと。
あなたの背中を見るのが、とても好きです。