どうやら同じラジオを聴いていたらしい山崎が、「まさかあんた怖くて寝れないんですかぁ」と馬鹿にしたように言ってけたけた笑った。けれど、ここで殴るのは絶対自分に不利になる、と直感したので土方はぎりぎりとこぶしを硬く握り締めるだけにとどめた。
 その不利というのが、山崎の言葉を肯定することいなるから、なのか、流れに従って部屋に帰り一人で眠らざるを得なくなるから、なのかは分からない、というか考えないようにしている。
 ひとしきりけたけた笑った山崎は、それでも一応「どうぞ」と言って、土方を部屋へ差し招いた。枕元に置かれたラジオを見て顔を顰めた土方に気づいて、「大丈夫ですよ、もう切ってありますから」と先回りをする山崎がむかつく。
 だいたいなんでこの寒い時期にあんな内容だ。
 一歩間違えばラジオを叩き切っていた。間違いない。まだ理性があったのでラジオは無事だ。あと、無防備な背中がちょっと心もとなかったので。
 山崎はおかしそうににやにや笑ったまま、ラジオを睨みつける土方を見ている。
 その視線に気づいて、土方は今度は山崎を睨みつけた。
「あんだよ」
「べっつにー。何でもないです」
「すげーむかつくテメェちょっと腹切れ」
「人の腹のことを、あれ取って、くらいの軽さで言わないでください」
「うっせーうぜー何だお前」
「土方さんに安眠を妨害されたので、嫌がらせをしているのです」
 言って、山崎はおかしそうにくくっと笑った。
 嫌がらせ、というが、ちっとも不機嫌そうでない。
「ちっ」
「はいはい、いいから、寝ましょうね。俺がついててあげますから」
 なんだったら刀持って寝ずの番してあげても、と笑いを噛み殺しながら言う。
 馬鹿野郎、刀で斬れねぇから怖いんじゃねぇか、と言おうとして、「こわい」という言葉を言ってしまうことに抵抗があったのでやめた。
 不機嫌そうに口を噤んだ土方を布団の中に押し込むようにして、山崎は慣れた様子でその隣にごろんと横たわる。ふわりとシャンプーの甘いような匂いがして、思わず不埒な意味で手を伸ばしかけた。ら、それをぺちんと叩かれた。
「俺明日はやいんで。つうか、したら俺が絶対先に寝ちゃうのに、それでいいんですか?」
 め、とでも言うように山崎が目をつってみせる。
 ばかやろう、と口の中で言うだけにして大人しく手を引っ込めた、土方の負け。


 隣に慣れたぬくもりがあるせいかどうか、うとうとと眠くなってきた。
 瞼を閉じて、いざ眠りの世界に、と足を踏み出しかけている土方の耳に、
「ねえ」
 と甘えた声が届いた。
 せっかく眠りかけてたのに。と少しイラっとしたが、そもそもその状態の山崎を起こしたのは自分なので黙っておく。
「あの犬が怖いって、土方さんは言うけどね」
 言ってない。怖いなんて言ってない。
「俺も似たようなもんですよう」
 すっかりとろとろに眠くなっている土方は、その言葉に耳を傾けながらも、返事をすることができなかった。
 ああ? とか、うん? とか、あまり意味を成さない相槌のようなものだけが、かろうじて口から零れる。
「あんたの役に立つって、ひとつっきり叩き込まれて、それを忠実に守ってるようなもんですよう」
 待て、て言われたら多分、待ちますよう、と言って山崎は低く笑った。
 嘘つけ、と言う言葉は、眠すぎて声にならない。
 仕事しろっつってミントンばっかしてるし、いつものマヨ買って来いつって低カロリーのマヨを買ってくるし、煙草買ってこいっつって、いつもより軽い煙草買ってきたことだってあったじゃないか。
 頭の中でつっこみを入れながら、眠くてだらりと力の入らない体は勝手に、山崎の体を柔らかく引き寄せる。
 山崎はそれに逆らわず、土方の胸に顔を摺り寄せるようにして小さく笑った。
「ずうっとそれを守って、そんで死んだら」
 そこで少し言葉を切って、山崎は考えるように黙り込んだ。
 土方は眠りと覚醒の狭間でぼんやり続きを待っている。
 これ以上静寂が続けば眠ってしまう、という辺りで、やっと山崎は口を開いた。
「やっぱり俺も、幽霊になるよ」
 死してなお化けて出る事なかれ、という隊規がある。
 すらっと成仏できないような未練は士道不覚悟だ。
「土方さんの心の中で思い出になって生きるより、俺は、幽霊になっても、あんたの傍についていて、そんで、できることなら、あんたの役に立ちたいです」
 そんで、どうしてもいらなくなったり怖くなったりしたら、土方さんが斬ってくださいね、士道不覚悟で。
 と言って、山崎は笑った。けたけたと、楽しそうな笑い方だった。

 土方は眠りの淵にいる。ぼんやりとして、答えようにも声にならない。
 それ以前に、くだらねぇ、と一蹴したいのか、それもいいな、と嬉しがりたいのかも、分からない。
 それじゃあ浮気はできないな、と、どうでもいいことだけはっきりと浮かんだ。
 山崎は、「寝ちゃいました?」と小さく声をかけて、答えを返さない土方に向かって、「すきですよ」と一言だけ言った。
 何で人が寝てるときに限って、そんな甘いやわらかい声を出すのだ、と殴りたい。
 けれど腕はもう、山崎を緩く抱きしめていて動かない。
 化けてでてこられても、こうして抱きしめて眠ることはできないのだろう、と思うと、それが少し寂しい。
(そもそも、同じじゃねえだろ。俺はお前を捨てたりしねえよ)
 やっと見つけたその答えに満足して、土方は意識を手放した。
 ふわふわと眠りに落ちる中で、好きだ、という言葉と、退、という名前が恥ずかしくも寝言のようにぼんやりと口から零れたような気がしたけれど。
 すっかり腕の中に納まっている山崎が約束を違えて先に眠ってしまっていたので、まあそれも、あまり意味のないことだ。

      (08.11.24)