蝉の鳴き声がいつの間にかしなくなったと思ったら、土手に彼岸花が咲いていた。
真っ赤に咲いていたそれが枯れていく色が、乾いていく血に似ている。
もう秋が来る。赤の季節だ。彼岸花も、紅葉も、よく映える夕焼けも。赤、赤、赤。迫り来るそれらに窒息しそうになる。思うだけで苦しい、と思って空をがばりと見上げれば、一面塗りたくったような真っ青で、どうしようかと、息を飲んだ。
*
屯所の裏手にみんなが好き勝手に使っている庭のような畑のような花壇のようなよく分からない場所があって、そこに、忘れ去られた一つの赤を見つけた。そう言えばこれも赤だったのかと、何やら不思議な気がする。
「……何してんだ」
呆れたような声が降ってきて、山崎は後ろを仰ぎ見た。
声色の通りに呆れた顔で、煙草の煙を燻らせながら立っている人に、曖昧に微笑んで見せる。
「西瓜を、」
「西瓜ぁ?」
「はい。見つけたので。もう、食べられないし、と思って。だったら蟻にでもあげようかなぁ、と」
山崎の言葉に、土方は山崎の足下に視線を向けた。砂の上、潰された不格好なそれは、確かに西瓜だった。小さく、実はそれほど赤くない。そんなものどこに、と言いかけて、そういえば夏場に西瓜を栽培するのだと種を蒔いていた輩が居たのを思い出した。
土方は、ぼんやりと足下に視線を落としている山崎を盗み見る。
ぼんやりと、けれど決して、ぼーっとしているわけではなく、静かに、静かに、甘くはないだろう果実に寄ってくる蟻をじっと見る山崎に、溜息を吐きたい焦れったさ。
(いつもは馬鹿みてぇに、脳天気な癖に)
時折こうして、遠くを思うように、静かになるから、いけない。
「……手」
「手?」
「……洗えわねぇのか?」
土方の言葉に山崎は自分の左手を見て、ああ、と笑った。その笑い方もひどく曖昧で、土方は煙草を地面に投げて踏みにじった。
「べたべたします」
「じゃあ洗えよ……」
はは、と笑って、けれど立ち上がって洗いに行こうとはしない。潰すときにでも付いたのか、それとも自分で果実を触ったのか。西瓜の汁が、左手にべたりと付いている。
甘くはないそれ。
眉を顰めた土方に、山崎は困ったように笑ってみせる。
甘くはないそれ。べたりと。べたりと、滴る。洗いに行くのも何だか面倒くさくて、別にいいや、と思って放って置いた。べたりべたりとするその感覚は、返り血に、似ている。血に、似ている。赤くはないくせに。
すっと、左手を持ち上げられた。何事かと思って見れば、土方が、汚れた左手を掴んでいる。山崎が、何、と言う間もなく、そのままべろりと掌を舐め上げられた。
「……ッ」
「………不味ぃ…」
だったら舐めなきゃいいのに、と、言おうとして、再び舐め上げら言葉が止まる。ざらりとした舌の感触に、脇腹辺りが縮むような感覚。やめてくださいとも言い出せず、されるがままになって。
掌の熱でべたりとする甘くはない血にも似た透明な液体を、舐め取って。何が、楽しいの。唇を離して眉を顰めるその表情に、べたりとした汁が付いてしまったのだろう唇を親指で拭い、舐める、その仕草に、背筋が痺れて、
「――――――――……」
重ねられた唇に反応が遅れた。驚いたところに当然のように入り込む舌に、翻弄されるだけで癪に触る。噛み切って、しまいたい。ぎゅっと目を閉じる。
煙草の味が苦いんですけど、と、抗議をしようにも唇は塞がれたままで。不味いといいたいのはこっちだ。言う変わりに、スカーフをぐい、と引っ張ってやった。
きつくきつく舌を吸われて、血の味。
秋の香りがして目を開ければ、こちらを見ていた視線とぶつかった。目の端でにやりと笑われて。
その向こうに広がる空が青くて青くて、絵の具で塗りたくったような、青。
煙草の苦さと血の苦さに酔って、山崎は、土方の首筋にかりりと爪を、立てた。