日中はそろそろ春の気配を感じる陽気だが、夜はまだまだ寒い。
山崎はコートの前をかき合わせるようにしながら「寒い」と今夜何度目かの文句を口にした。
寒さを誤魔化すように細かく足踏みをしながら、指先に息を吹きかける。
パトカーのランプが赤く辺りを照らしていて、真選組隊士が黒い制服でざわざわとしているので一見どんな大事かと思うが、何のことは無い、元は交通事故だ。
自転車が電柱にぶつかって、何が起こったのか大破。そこまでなら、別に真選組の管轄でも何でもなさそうなもんだが、問題は自転車をそこまで破壊しながら忽然と消えた被害者であって、黒髪長髪この事故で無傷となれば、指名手配中の某思想犯に違いあるまい、ということ。
だからってこんな大勢集めなくてもいいんじゃないの、少なし俺はほとんどいらないよね!
呼び出されたものの結果的に手持ち無沙汰状態な山崎は、
「寒い」
と、傍らに立っている上司の背中に文句をぶつけた。
「寒いんですけどふくちょ……ッ」
――――――ゴン、と脳天に響くいい音。
言葉の途中で殴られて舌を噛んだ山崎は、今度はその場にうずくまって「……痛いんですけど副長」と文句を変えた。
「おめーな、うるせーんだよ!」
苛々と眉を吊り上げて怒鳴った土方は、うずくまったまま涙目で土方を見上げる山崎を睨みつけて、くるりと踵を返してしまう。
寒いばかりでなく怒られたよ空しすぎる……、と地面にのの字をわざとらしく書き始めた山崎の首に、不意に何かが巻きつけられた。
「……!?」
何事、と驚いて振り向くより早く、いつの間にか戻ってきていた土方が山崎の視線に合わせるようにしゃがみこんで、たった今山崎の首に巻きつけたばかりのものを緩く引っ張った。
「マフラー?」
「あったけーだろ」
「……副長こんなん持ってましたっけ」
「さあな」
深い緑色のそれは、山崎のみたことのないマフラーだ。上司のものでもなければ、自分のものであるはずもない。
まさか誰かが車に置いてたのを勝手に取ってきたのかと思って注意をしかけたとき、鼻先に慣れた煙草の匂いが漂った。
(……あれ?)
マフラーに顔を埋めて息を吸う。煙草の匂い。
やっぱり副長のじゃん、と首を傾げる山崎を意に介さず、土方は手首の時計に目を落とす。
「山崎」
「はいよ」
「ん」
ぐい、とマフラーが引っ張られ。
何をするんだと驚くのも間に合わず柔らかな唇で口を塞がれた。
「……っ」
ちゅう、と音をたてて唇が離される。
「――――ちょ、バカ! 外!」
慌てた山崎が距離をとろうとするのを阻んで、マフラーに力が込められる。
逃げられもせずうろたえる山崎の首にふわふわとマフラーが結ばれた。ご丁寧に可愛らしいリボン結びだ。
「たんじょーびおめでとーやまざきさがるくん」
棒読みで言った土方は、結び終わったマフラーをよし、と叩いて微かに笑んだ。
「……知ってたんですか?」
「お前のことなら、何でも知ってる」
山崎の髪をくしゃりとかきまぜて笑った土方の笑顔は、上出来に男前すぎた。
自分がかっこいいことを十二分に理解した上での笑顔だ。
タチが悪い。
「顔真っ赤。ときめいた?」
「ば、ばっかじゃねーの! 寒いんです!」
「じゃ、手繋ぐ?」
「し、ごとしてください!」
熱でもあるかというほどに顔を赤くして声を荒げる山崎に、おもしれー、と土方の笑い声が向けられる。ぐしゃぐしゃと山崎の髪を乱して、「じゃあ仕事すっかね」と立ち上がった。
その姿を視線で追う山崎に軽く首を傾げて、ん? と聞く仕草がずるい。
再び山崎をからかおうと口を開きかけた土方を、駆け寄ってきた隊士が遮った。
「副長、ちょっとよろしいですか」
「おう、どうした」
「今聞き込みで目撃者が……」
「わかった、聞こう」
黒いコートが翻り、土方が山崎に背を向けて歩き出す。
数歩歩いて振り返り、唇の動きだけで、「あとでな」と山崎に残して。
「……バッカじゃないの……」
蹲ったまま膝に額をつけて、山崎はほてった顔を隠す。
乱されっぱなしの髪を自分でぐしゃぐしゃとかき回し、熱を逃がすように息を吐いた。
「……うそつき」
何でも知ってるなんて、うそつき。
誕生日を覚えてくれてただけで、祝ってくれただけで、嬉しすぎて胸が詰まりすぎて泣くのをギリギリ堪えなきゃいけないくらいだなんて知らないくせに。
どんな顔してこのマフラー選んだんですか、とか。
どんな気持ちでこれを部屋に置いてたんですか、とか。
考えるだけで頭がパンクしそうなことなんて、知らないくせに。
息が出来なくて死んでしまいそう。喉元で熱が燻りすぎて、立ち上がれない、なんて。
こんなに好きだなんて、ちっとも知らないくせに。