「結婚しましょうか」
 コンビニで買ってきたという三色団子をもちゃもちゃと食べながら、しれっと山崎が言った。
「…………は?」
「同性結婚を認めろって運動してる天人がいるの知ってます? なんか署名運動とかしてるらしくって、うまくいけば法律変わるかも知れないらしいですよ」
「へー……」
「だから、」
 もちゃ、と団子を食べて、ずず、とお茶を啜る。
 なんてことはない、何も変わったことのない、いつもの山崎だ。
「結婚しましょうか」
 その言葉以外は。


「…………お前、何、熱でもあんの?」
「ないですよ、失礼な」
「すまん、俺が悪かった。働かせすぎた。今日は休め。な?」
「ひどい」
 ごと、と湯呑を置いて、わざとらしくじっとりとした目で山崎は土方を見つめた。土方はたじろぎ、無意識に体を後ろへずらす。
「ひどいです」
 うる、と、今度はわざとらしく山崎の目がうるんだ。
 大して大きくもない目に、みるみる涙の膜が張られていくに至って、土方は乾きひりつく喉を唾液で必死に潤す。
「お、おい、山崎、お前な、」
「俺は土方さんのことが好きなのに……」
 ぶわ、とあふれた涙が、ぼたりと山崎の頬を掠めて畳の上に落ちた。
 土方は背筋を流れる冷たい汗にぞくりと体を震わせる。
「土方さんは俺のことなんてなんとも思ってないんですね……結婚しようとか言い出さなくて、子供ができる心配がないから、優しくしてくれてたんですね……」
 涙を追うように山崎が目を伏せ俯き、表情を前髪で隠す。
 細かく震えるその肩に、土方は大きく深呼吸をして、そっと手を伸ばした。
「山崎、おめえな、勝手なこと言ってんじゃねえよ」
「だって……」
「あのな、なんていうか……世間体とかな、そういうもんがあんだろーが。……別にお前と一緒になるのが恥だとか、そういうんじゃねえぞ? ねえが……こう、な、なんていうか、」
 掌に伝わる肩の震えが大きくなり、土方は焦る。
 何をどう伝えれば正確に自分の気持ちが伝わるのかわからない。
 結婚? 冗談じゃない。というのが正直なところだが、何故そう思うのか、実のところ土方自身にもわかっていないのだ。
 生理的に無理? それに近い。だって男だ。自分も山崎も。恋仲にあるってことはそれをすでに乗り越えてるっていうことだけど結婚となると世間的にもそれが公になるってことでなんというか……。
 うまく言葉にならない気持ちを土方が必死になってかき集め、それでもどうにか伝えようと口を開くより一瞬早く、山崎がぶは、と吹き出した。
 掌に伝わる震えが大きくなる。いや、それはすでに、肩の震えというよりも、山崎の体の揺れだ。
 体を大きく前後に揺らし、山崎はけたたましく笑いだした。
「あは、ははは! や、やべえ、土方さん、おもしろすぎです……っ!」
「な……、お、ま」
「お、沖田さんに、け、けっこんとか、言ったら、ぜ、ぜってえおもしれえよって、い、言われて、まさかそんなと思ったんスけど、ま、マジで、ちょ、」
「お、ま……!」
 山崎の肩に優しく触れていた手が、みるみるうちに拳を作る。
 ぎりぎりと握り込まれたそれと、土方のこめかみに浮かんだ青筋に、山崎は焦ったように笑いをひっこめた。
 しかし、それでも堪え切れないのか、口元がひくひくと動いている。
「や、やだなあ! 土方さん知らないんですか?」
「何がだ」
 ゴゴゴ、という不気味な音を背負う土方に、山崎は早口で続ける。
「エイプリルフール! しがつついたち! 今日! 嘘吐いてもいい日なんですってば!」
「知るかンなこと! おめえは今すぐ死ね!!」
「ひど! 俺はただ、土方さんの愛を確認したいなあって、」
「気持ちわりーんだようぜえんだよてめえは!」
 ゴッ、と鈍い音がして、目一杯の力で殴られた山崎は頭を抱えてうずくまった。
 演技でない、本気の涙が目に浮かんでいる。
 それでも懲りずに土方を見上げて、だって、と続ける辺り、山崎はやはり馬鹿なのだ。
「こういう行事はみんなで楽しみたいじゃねえですか」
「俺はちっとも楽しくねえんだよ!」
「あ、ダメですよ、そんなの。こう、もっとみんなとですね、同じようにはしゃがないと、ただでさえ副長ビビられてんですから」
「知らねーよどうでもいいんだよくだんねーんだよ死ね!」
 罵倒のバリエーション少ないと舐められますよ、と余計なことを言って、再び山崎の脳天に拳が落ちる。
 そのまま畳に倒れ込んだ山崎の腹を軽く踏みつけ、土方はすっと目を細めた。
 鬼の副長、と言うに恥じない冷気を身にまとい、口角を上げる。
「上司に嘘吐くなんざ、士道不覚悟だ。切腹しろ。仕方ねえから俺が介錯してやる」
「だ、だから今日は、嘘を吐いてもいい日だって!」
「知るか。おら、さっさと腹広げろ」
 ぐい、と山崎の襟首を掴んでその体を引き起こした土方は、獰猛な笑みを浮かべ、引きつった山崎の顔を覗き込む。

「愛してるぜ、退」

「な……っ」
 低く囁き、目を見開いた山崎の唇に、噛みつくようにくちづけた。
 舌を捻じ込ませ、追い立て、貪り、喰らい尽くすような攻撃を仕掛ける。
 呼吸を奪われ好きに嬲られ、息も絶え絶えになった山崎は、唇を離されるなり肩を押されてそのまま再び畳の上に倒れ込んだ。
「嘘だ、バァカ」
 唾液に濡れた唇を機嫌悪そうに歪めながら子供のように言い捨てる土方に、ちらりと目を向け山崎が小さく笑う。
「何だよ」
「……虚言は士道不覚悟?」
「今日は嘘吐いてもいい日なんだろうが」
「エイプリルフールって、本当は午前中しか嘘吐いちゃダメなんですよ」
 ぐったりとしたまま、ふふ、と小さく笑って、山崎が壁に掛けられた時計を指さす。
「土方さんアウトー」
 正午を過ぎ、時計の長針が12の下をくぐって5分。
 再び血管を浮き上がらせ拳を握った土方に、山崎が楽しそうな笑みを向けた。
「いいですよ、嘘じゃないってことにしておいてあげても」
「山崎、お前な、」
「愛されてるなあ、俺」
 ふは、と楽しそうに肩を揺らす山崎は、畳に寝そべったまま土方を見上げて、ねえ、と甘ったるい声を出す。
「結婚、しましょうか」
「は……」
「土方さんさえ、俺でよければ」
 あんなに動揺するくらいだから無理かなー。笑いながら呟いて、山崎は目を閉じる。
 痛みのせいか笑ったせいか演技のせいか、それとも他に理由があるのか、涙の粒が短いまつ毛に残っていて、それが少しきらりと光る。
「……お前、マジで死ね」
「土方さんが死んだ後にね」
 軽やかな笑い声を響かせる山崎をもう一度殴ってやろうと、土方は拳を固めた。

 殴って、そんで、もっかいキスして、舌先に移った団子の味がなかなか美味かったので半分奪って、それから。

「うぜえ」
「そんな俺が好きなくせにー」

 それから。
 結婚記念日が四月一日だったら嘘っぽくてなかなか自分たちに似合いだな、と、一瞬真剣に考えてしまった頭を、じっくり冷やしに出かけなければ。

      (09.04.01)