「何で俺なんですか?」
土方の部屋でだらしなく寝そべり、丸めた座布団を抱きかかえてだらだらと山崎が言った。
土方は文机に向かい筆を書面に走らせながら、あー? と聞き返す。
「何で土方さんじゃなくて俺なんですか?」
「何がだ。日本語は正しく使え」
「非番が」
振り向かない土方の背をじいっと見つめて、山崎が唇を尖らせる。
「誕生日くらい、休み取ってくださいよー」
「今取れねえだろうが。連休だぞ」
「だったら俺も同じじゃないですか」
「お前じゃなきゃいけねえ仕事なんてねえよ」
「あ、ひどい」
素っ気ない土方の言葉に山崎は小さく笑って、よっと声を上げ体を起こす。抱きしめていた座布団を畳の上に投げ、じりじりと土方の背ににじり寄った。
「終わりません?」
「終わらねえ」
「手伝いましょうか?」
「非番の奴は休んどけ」
「だって暇なんですよう」
外出て来てもいいですか? と言いながら、山崎は土方の背に寄り掛かった。土方はそれを咎めることもなく、書き終えた書類を机の左へ積んでいく。
「駄目」
「横暴」
「るせえ。今日ぐれえ、俺の言うこと聞きやがれ」
筆を置き、書き終わった書類の端をきちんと揃えてから土方はやっと振り向いて、拗ねたような顔をしている山崎の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。
それに嬉しそうな顔をして、山崎は土方へとすり寄る。甘える山崎に苦笑して、土方は仕方なく、その体を緩く抱きしめてやった。
「外に出ちゃダメなら、せめて仕事の手伝いさせてくださいよ」
「駄目」
「何でですか!」
土方の胸にぐりぐりと額を押しつけながら、山崎が尖った声を出す。
土方の隊服をぎゅうと引っ張って、休んでくださいよ、と怒ったように言った。
土方は笑いながらその髪を撫でる。ぐしゃぐしゃと乱して、乱れたそれを今度は丁寧に指で梳いていく。
「お前最近寝てねえだろ」
「土方さんほどじゃないです」
「休める時に休んどけ。倒れるぞ」
「だったらそれはあんたでしょ。代われるとこは俺がやるから、土方さんは休んでくださいよ」
押しつけていた顔をあげ、山崎が心配そうな顔を見せた。疲れてんでしょ、と言いながら、伸ばした手で土方の頬を撫でる。
その指先を握って、土方は山崎の額に優しく唇を落とした。
「だからだろ」
「何が?」
目を細めて土方の唇を受ける山崎に軽く体重をかければ、その体はあっさりと倒れる。滑るような音を立てて、黒い髪が畳の上に広がった。
「疲れてっからだろ」
「だから、何が?」
額に、瞼に、頬に、軽く落とされ続ける唇がくすぐったいのか、山崎が笑いながら身を捩る。逃げようとする体を体重をかけることで押さえこんで、土方は山崎の耳朶に唇を付けた。
「疲れてっから、お前がいるんだよ」
囁けば、山崎は一瞬体を強張らせて、それから呆れたように小さく笑った。
さっきまでとは逆に、今度は山崎が土方の髪を優しく撫でる。
「俺はサプリメントか何かですか?」
笑いながら、山崎の指が甘やかすように土方の髪を梳く。
サプリメントよりずっと上等だ、という言葉を、土方は口に出さなかった。代わりに耳朶に軽く歯を立ててやる。山崎がぴくりと体を揺らし、震える吐息を吐き出す、それだけで体の芯からじんわりと癒されていくような気がするのだ。
片方の手だけをしっかりと繋いで、二人で畳の上に横たわる。
山崎が土方の頭を抱きかかえるようにして、指先で軽く髪を撫でる。
土方は山崎の体に抱きつくようにして、安心しきったように体の力を抜いている。
今こんなところを誰かに見られたら、どういう言い訳も立たないな、とは思っている。窓の外では人の声がする。忙しいからもしかしたらすぐに呼び出しがかかるかも知れないな、と土方は少し携帯を気にしている。
「夜、」
「ん?」
「どっか、食べに行きましょうか」
土方のつむじに口づけながら、山崎が言った。
「ああ、いいな」
「俺が奢ったげます。誕生日だし」
何が食べたいか考えといてくださいね。言って、山崎が繋いだ手を握りなおした。緩く腕を回していた腰を土方が抱き寄せれば、甘い声で小さく笑う。
「そんでね」
「おう」
少し山崎の声が掠れて、んん、と咳ばらいが響いた。
妙に緊張したように山崎は深呼吸して、それから意を決したように口を開く。
「プレゼントは俺でいいですか」
「…………は?」
予想外の言葉に顔を上げようとした土方の頭を、山崎の手がぐっと押さえた。
んん、ともう一度、山崎が咳払い。
「時間がなくてプレゼント買いに行く暇がなかったんです。それだけです。他意はないです」
「へえー」
「本当は今日非番になったから何か探しに行こうと思ってたんだけど土方さん外に出してくれないし。本当、そんだけですからね」
「ほぉー」
「手の動きを止めてください馬鹿」
腰の辺りを這いまわっていた土方の手を、山崎がぱしんと叩く。
押さえこまれていた頭が自由になって、土方は口角を上げながら山崎の顔を見上げた。
「それはそれは、いいプレゼントだな」
「……喜んで頂けるなら何よりです」
「明日も非番にするか」
「職権乱用っていうんですよ、そういうの」
「今更っていうんですよ、そういうの」
照れ隠しなのか、突き出されている唇を土方が指で摘む。不細工な顔をからかうように笑ってやれば、山崎が土方の頭を叩く。その間も、片方の手は繋がれたままなのだから、甘いというより他にない。
ちょっと怒ったような顔でじっとりと土方を睨みつける山崎を甘やかすように、土方はその唇にキスをしてやる。二度唇を触れ合わせれば、山崎はもう大人しく、されるがままに唇を受ける態勢を作る。
(……甘ぇな)
唇が、なのか、空気が、なのか、山崎の態度が、なのか。
繋いだ指先からじんわりと熱が伝わって、それが全身に廻っていくようだ。
甘いものは疲れに効くというけれど、こういう甘さも果たして効果はあるのだろうか、と、土方は低い笑いを零す。
気づいた山崎が少し目を開け、不思議そうな顔をするので、なんでもないというように笑って瞼に唇を落としてやる。
あと十五分。
それだけ甘さを堪能したら、残っている仕事を片付けて、夜何を食べに行くかどうか考えようか。
山崎はどの店が好きだったか、と、土方は考えを巡らせる。ここ最近ろくに食べてもいないようだし、肉の方がいいだろうな、と考えている。
触れ合わせた唇に軽く歯を立てれば、山崎が小さな声を上げた。
それがまた、溶けるような甘い声だったので、土方はひそやかに笑う。あと十五分、と言いながら、時計もあまり見ていない。
あまりに心地よいので、いっそ時間が止まればいいな、と、どうしようもなく甘いことを、ほんの少しだけ夢見ている。