何度かぐるぐるとかき混ぜるうち、さらりとしていた液体はどろりとしたものに変わっていく。
まるで自分の気持ちのようだな、と山崎は、手を止めないまま眉を下げた。
最初は透明でさらりとしていたのに、かき混ぜるうちにどんどんと形を変えていってしまった。放っておいたって戻らない。へらに絡まる液体のように、多分ずっと、離れられない。
何でこんなになっちゃったのかなあかき混ぜたあの人が悪いんだ。
眉を情けなく下げたまま少し笑った山崎の背後で、す、と軽い音を立てて襖が開いた。
声もかけずにそんなことをするのは一人だけで、声もかけずにそんなことをしてはいけない、とルールを作った張本人だ。
「副長。お疲れ様です」
「おう」
外の匂いをたくさん連れて山崎の部屋へ入った土方は、肩にかけていた上着を畳の上に放り投げ山崎の隣にどかりと座った。汗の匂いと煙草の匂いと外のあたたかい匂い。
「外、暑いです?」
「あー、気温自体は別に。ただ上着まで着こんでられねぇな」
首元を締めるスカーフを煩わしそうに緩めながら土方は顔を顰めた。それをちらりと横目で見て、山崎は微笑む。
おつかれさまです、ともう一度言う山崎の手元を、シャツの襟元を緩めた土方がひょいと覗きこんだ。丸い容器の中に入った半透明の液体。水あめのようにも見えるそれをじっと見ながら、
「これ何」
まるで子供のように尋ねるのが、山崎には少しおかしい。
「何だと思います?」
「わかんね」
「媚薬です」
「は?」
びっくりした、という風に土方は顔をがばっと上げた。まじまじと山崎の顔を見て、それから手元の液体を見て、それを二度繰り返す。
その反応が予想以上におかしくて、山崎は思わず噴き出した。肩を震わせ噛み殺すように笑う山崎に、土方の眉が跳ねあがる。
「んだよ」
「いや、そんなに驚くことですか」
「お前も大胆な物を作るんだな、と思って」
言いながら、土方の指が山崎の首筋をつつ、となぞった。明らかな意図を持ったその手を、山崎がぱしんと叩き落とす。
それに特に機嫌を損ねることもなく、土方は再び山崎の手元を覗きこんだ。
「で、マジ?」
「うそです」
「チッ」
「何ですかそれ」
笑いながら山崎は、どろどろになった液体に別の液体を加えた。媚薬、という話に納得しそうになるような、毒々しい桃色の液体だ。とろりとしたそれを少し加えて、またぐるぐるとかき混ぜる作業に戻る。
「で、結局飲むとどうなんの」
「じわじわ死にます」
「……へえ」
危ないんで触らんでくださいね、と少し目を吊り上げて言った山崎に、へいへい、と答えて土方は体を離す。それでも山崎の隣に座ったまま、山崎の手元をじっと見ているのが、山崎には居心地が悪いような安心するような、妙な感じだ。
ぐるぐると液体をかき混ぜる。どんどん色を変えていく。人を殺せるように調合されていく。今これが跳ねて土方さんの口に入ったらやべえのかなあどうだろう、と無責任なことを、山崎は考えている。
液体の入ってる容器をことり、と山崎が置いた。こぼれないように、と蓋をして、土方の方へと振り向けば飽きもせず山崎を見つめたままだった。
さすがに苦笑した山崎に、土方も苦笑を返す。いいか、と聞くので、大丈夫ですよ、と答えれば、土方の腕が真っ直ぐ山崎に伸びて、無骨な指が山崎の髪を少し掬った。
「見てて楽しかったですか?」
「楽しかったっつーか……俺は、お前がそうやって仕事してんの見んのが意外と、……」
「……何ですか。ちゃんと言ってくださいよ」
「言わねえ」
「何でですか」
ふは、と笑う山崎の髪を、土方が軽く引っ張る。いてえです、とわざと言う山崎に笑って、土方の指はそのまま山崎の髪を優しく耳にかけた。掌が頬に滑って、顔を覗きこまれるようにされて、一瞬山崎の呼吸が止まる。
何かに見せつけるようにか、殊更ゆっくりと顔が近付いて、唇が重なる。体温を滲ませるように重ね合わせるだけで、離れるときに、ちゅう、と軽い音が響いた。
「……好きだ」
その音に紛れ込ませるようにしてか、小さく囁かれた言葉に、山崎の心臓が大きく跳ねた。
音を立てて唇を話すときは土方が甘えたがっているときだと山崎は知っている。おそらくは、山崎だけが知っている。
じんわりと熱が滲んだ唇で弧を描いて、山崎は土方の髪に手を伸ばした。
見かけよりずっと柔らかいその髪を、優しく甘やかすように梳いていく。
「この薬ね、」
「うん?」
「媚薬効果があるのも、本当なんですよ」
零れないように蓋をして、遠ざけた毒薬に少し目を向ける。いろんな液体を混ぜてかき混ぜるから、どろどろになってしまったそれ。
「で、どうすんだ?」
「うんまあ、媚薬の方使って情報引き出して」
「用が済んだら殺すわけか」
「そうです。結構使い勝手がいいものなんですが」
「怖えな」
「うん。土方さんに似てます」
小さく笑って言った山崎に、土方は眉根を寄せた。何だよそれ、と怪訝そうに言いながら、髪を梳いていた山崎の手を取って自分の首の後ろに回す。素直にそれに従って、山崎は土方の首に両腕を回した。
「……本当、そっくり」
さっきとは逆で、今度は山崎が土方の顔を覗きこむ。
誰に見せつけるようにか、殊更ゆっくりと顔を近づける。
土方の腕が山崎の腰に周り、片方の手が山崎の後ろ髪をくしゃりと乱す。
こんな簡単に甘えてみせてくれてしまう。媚薬のように甘く、欲をかき乱して耐えがたくさせて、
「俺は、あんたが……」
本気で死ねって言ったら、すぐに死ぬだろうし。
心の中だけで呟いて、ゆっくりと唇を重ねた。じんわりと熱を分け合うような、触れ合う部分から溶けだしていくような、そんな口づけだった。
好きの言葉ひとつ貰うだけで本当に命を捨てたって構わないなんてどうかしてる。
尊敬とか義務とか恋とか欲とかいろんなものが混ざり合って、かき混ぜられて境目がなくなって、どろどろどになってしまったのだ。
そんな自分に甘えるような唇が、毒でなくて何なのだろう。