あの人は泣かない人でした。
くだらない映画では泣くくせに、人が死んでも泣かない人でした。
ご存知でしょうが、俺たちは人を殺します。どんな理由があったとしても、この手で命を奪う以上、俺たちは人殺しです。正義である、と言いながら、多分本心では、そんなことはない、とも思っているでしょう、みんな。始末屋と変わりません。ただ少し合法であるというだけです。
人は何人も死んでいきます。敵も死にますが仲間も死にます。ご存知でしょうが、そういうことです。俺たちの生業というのはそういうものです。
けれどあの人は、人が死んでも泣かなかった。
遺体を回収しても、検分しても……こんな話は、酷ですね、あなたにはきっと、聞かせてはいけない話だ。けれど、真実なのだもの、仕方がない。回収しても検分しても、葬式を出しても泣かなかった。
悲しくなかったわけではありません。
けれど、そんなことでいちいち悲しんでいては、身がもたないのです。
あの人だけではなかった。みんなそうだった。けれどあの人が一番でした。悲しい素振りすら、見せませんでした。
なのに、そんなあの人が、あなたのときだけ、泣いたのです。
人前ではやっぱり泣きませんでした。辛いとも悲しいとも言いませんでした。けれど俺にはわかります。あの人を、ずっと見ていたのだからわかります。あの人は、泣いたんだ。あなたが死んで、辛くて、辛くて、それで。
俺はあなたが許せません。
どうして、死ぬとわかっていながら、姿など見せたんですか。分かっていたでしょう、自分の体のことです、知らなかったとは言わせない。田舎でひっそり暮らして、よその男と幸せになって、幸福のうちに死ねばよかったのに。そうすれば思い出で終わったはずなのに。
弱っていく様を、どうして見せましたか。
幸せになれない様を、どうして見せ付けましたか。
あなたの幸せを奪う真似を、どうしてあの人にさせましたか。
俺はあなたを許せない。あなたはきっと、あの人のことなど好きではなかった。
本当に好きなら、付いてくればよかった。誰が止めても振り切って、一緒に来ればよかったんだ。あなたはそれをしなかった。きっと、引きとめもしなかった。物分りのいい振りをして、結局諦めたのでしょう?
そうではなくてもしもあなたが、あの人のことを好きで、好きで、大切で、それで身を引いたなら、あなたは姿を現すべきではなかった。存在だけちらつかせて、いやらしい。嫌な女だ。俺はずっと、あなたが嫌いだった。あなたから荷物が届くたび、手紙が届くたび、捨ててやりたかったのです。弟思いのいい姉でした、確かにあなたは、沖田さんにとっては必要な人だった。けれど、でも、それでも、だって、許せない。
嫉妬です。わかっています。
あの人はあなたを好きだったんだ。触れるのが怖いくらい、好きだったんだ。振り切っておいてこなければいけないくらい、好きだったんだ。
それはきっと昔の恋でした。今はもう薄れて、本当に思い出になったくらいの、一番きれいな恋でした。ずるい。ひどい。許せない。一番きれいなままの恋を全部あなたは奪っていって、死に様だってきれいすぎた。
俺はあなたのようにはなれない。
……けれど、いいのです。俺はあなたのようには、なりません。
俺はあなたに、挨拶に来たのではありません。もちろん弔いでも、ありません。謝りにきたわけでもない。
宣戦布告に来たのです。
あなたは勝ったつもりでしょう。きれいな思い出だけを残して、最後にほんの少しの悲劇を残して、あの人の恋の全てを奪っていった。あの人に涙だって流させた。あなたの死を悲しんで憔悴しているあの人は、それはそれはいい男でしたよ。人を愛せる、人でしたよ。
けれど俺は許せない。そんなきれいな思い出だけで終わらせるあなたが許せない。
宣戦布告にきたのです。恋はそんな、きれいなものではないのです。もっと醜くて、どろどろしている。独占欲と執着です。それを教えて差し上げます。あなたはもう何にもできない。きれいにきれいに始まって、きれいなままで終わらせた、あなたは俺に敵わない。
汚いこともきれいなことも、嬉しいことも苦しいことも、全部ひっくるめて俺があの人の、恋を全部奪ってみせます。
物分りのいい振りをして身を引いて、思わせぶりに現れる、なんて、そんなこと俺は絶対しない。どんな手段を使っても、誰に何を言われても、俺はあの人から離れない。ずっとずっと傍にいて、ずっとずっと好きでいて、あの人の後に死んであげます。一人にしません、最後まで、最後の一瞬まで見届けて、全部俺のものにして、それから俺も一緒に死にます。
気持ち悪いですか? でもね、こういうことですよ。人を好きになるって、きっと、こういうことです。
あなたにあの人は渡せません。俺はあなたに負けません。
……そろそろ帰ります。きっと明日はあの人と、沖田さんと局長が、来るでしょうから。俺はそのための準備をしなければならないんです。服をきちんと用意して、留守の間の引継ぎをして……花は、あの人が買うでしょう。でもね、覚えていてください。あの人の服も靴も髪型も、用意するのは全部俺です。あの人のために生きていける、俺はあなたに、負けません。