前略 土方十四郎様
好きな人が、できたのですね。私にではありません。もちろん、あなたの話です。
すぐに分かりました。一目見た瞬間、わかりました。馬鹿にしないでくださいね、私はあなたが、好きだったのだもの。あなたが一人では自分の細かいことなど何にもできないことも、そのくせ他人に自分のことを任せるのが嫌いなことも、みんな知っています。本当に許した人しか傍に寄せないの。寄せた人は、ずっと大事にするの。あなたはそういう人でした。
だからすぐに、わかりました。短くなった髪の、襟足はすっきりとしていたし、お召し物もきちんとしていたし、何よりお顔が、凛々しかったもの。大切な人ができたのだと、私にはすぐにわかったわ。自分のことを任せておける大事な人が、できたのでしょう。
私の好きだった十四郎さんは、もうどこにもいないのね。悲しくて悲しくて、死んでしまいたくなりました。こんなこと言ったら、あなたはまた困るかしら。優しいから、同情してくれるかしら。そんなつもりではないのだけれど、でも、やっぱり、こうして手紙を書くということは、そういうつもりなのかも、知れません。私はずっと、十四郎さんのことが好きだったの。
あなたは一度も私のことを好きだと言ってはくださらなかったから、あなたの気持ちなんて、知りません。私は馬鹿な女だもの。でも、あなたが私をひどく突き放したときだって、あなたに、嫌われてるとは、思いませんでした。
私が疎ましくなって、それで離れようとしているのでは、ないと思ったわ。自惚れかしら。
あなただけじゃなくて、総ちゃんも、私を置いていくと言うのだもの。私のことなんて、てんで見えていないような顔で、江戸のことを話すのだもの。私は、付いて行きたくてたまりませんでした。私は総ちゃんの、姉であるのだし、付いて行ってもいいかしら、と、ちらと思って、勇気を出して言ってみたけれど、あなたはひどいことを、言ったわね。私、知っています。あれがあなたの本心ではないってこと。それともやっぱり、自惚れかしら?
けれど私はもう、付いて行きたいなんて、言えなくなってしまいました。そこで重ねて付いていくと言えば、きっと、あなたが嫌がるだろうと思って、言えなかった。
嫌われてるとは思わなかったけれど、この先、嫌われるのが怖かったのです。
私は十四郎さんのことが、好きだったの。無鉄砲で、律儀で、自分をしっかり持っていて、向こう見ずなあなたのことが、好きでした。一度も言わせてはくれなかったけれど、好きで、好きで、嫌われたらきっと、死んでしまうと思ったの。
嫌われたくなかったから、物分りのいい振りをしたの。それであなたがほんの少しでも後悔して、いつか迎えに来てくれればいいとすら、思ったわ。馬鹿ね、本当に。馬鹿な女だと、笑ってくださっても構いません。
私は手紙を書きました。総ちゃんの姉なのだもの、それくらい、許されるでしょう? 手紙を書いて、私のことを、少しでも忘れないように、忘れていたら思い出してくれるように。いやな女ね。嫌われるのは怖いけれど、忘れられるのは、もっと嫌だったの。
そうしてあなたの生活と、私の生活を少しずつ繋いで、いつか上手な言い訳で会いに行って、そこで、あなたが私のことを、好きだと言ってくれればいいと、思ったの。
縁談が決まって、江戸に行くことになって、私は嬉しかったわ。
あなたに会えるかも知れない、と思えば、嬉しかった。
もう、私はお嫁に行くのだもの。あなたに好きだと言えるわけもないし、もう、あの田舎で過ごした時間のような、強い気持ちもなかったように思うけれど、これはもう、意地ね。あなたが私を好きだと言えば、縁談なんて捨てて、あなたのところへ行きたいと思ったのは、本当。一生に一度、そういう冒険を、してみたいと思ったの。
けれど、すぐにわかったわ。私は本当に馬鹿な女だったのね。
好きな人ができたのですね。あなたが傍に置いていてもいいと思えるほど、好きな人ができたのね。
誰か、当ててあげましょうか。それくらい、簡単だわ。ずっとあなたが好きだったのだもの。すぐに分かるわ。
かわいい子ね。一生懸命。私のことを心配しながら、ときどき私を睨むのよ。睨んだ後、ひどく辛そうな顔をして、一呼吸置いて、また、私を心配するの。
かわいい子ね。大嫌い。私が自分かわいさに夢ばかり見て逃げている間に、あの子が全部手に入れたのね。
あなたの話を全部聞いて、あなたの全部を受け止める、あの子がいるから、私はもういらないのね。
いいえ、最初からあなたには、私なんて必要なかった。分かっていたのに、分からない振りをしていました。あなたが私を好きだったのか、馬鹿なわたしにはわからないけれど、好かれているだろうと、思っていたのよ。
でももうこれで、最後にします。この手紙を書いて、最後。
これを読んであなたが、私のことをやっぱり好きだと思ってくれたら嬉しいのだけれど、そんなことは、きっとないわね。なくて構わないのです。あの子が傍にいるときのあなたは、本当に、私の知るどんな十四郎さんより、格好良くて、素敵なのだもの。敵わないわ、きっと、一生。
どうか、どうか、あなたが幸せでありますように。この先もずっと、幸せであるよう、それだけ祈ります。それが、私があなたにできる、最初で最後のことだと思います。
それでは、どうぞ、お元気で。