本当は。


 俺はアンタをここから一歩も出したくないんだ。ずっと俺のそばで俺にだけ笑っていればいいと思うんだ。嬉しそうな顔も拗ねた顔も怒った顔も穏やかに眠る顔も全部俺にだけ見せてればいいと思うんだ。手を握る強さも優しさも髪の細さも柔らかさも上がる体温も冷える指先も全部が全部、俺しか知らないことであればいいと思ってるんだよ。他の誰にも見せたくない。知られたくない。一つでも多く、俺しか知らないことが増えればいいと思って、俺しか知らないアンタを見つけるために、俺がどれだけアンタを見ているか、知らないでしょう。こんなときにはそんな顔で笑うんだ、とか、こんなときにはそんな声を出すんだ、とか、そういうことを、一つひとつ、きちんと全部覚えていたいと思って俺が抱きしめていることなんか、アンタはちっとも知らないでしょう。どんなことで苦しむのか、どうすればそれを慰められるのか。そんなことは、世界中でただ俺だけが知っていればいいんだ。俺だけが知っていて、さも当たり前のように、俺が、癒して慰めてあげればそれでいいんだ。俺さえいれば生きていけるくらいになって欲しいと、切に願っている、そんなこと、アンタは想像したこともないでしょう。いつだって、自分ばかりが好きでいるような顔で、自分ばかりが欲しがっているような顔で、それでもいいと諦めているような顔で笑ってみせるけど、いつか本当に諦めて俺なんかいらなくなってしまうんじゃないかって俺がどれだけ恐れているか。いつか、手に入らないのならもういいと勝手に勘違いをして、諦めて、俺のそばから離れてしまうんじゃないかって、そんな、どうしようもないような想像で勝手に、恐れていることなんて。今、アンタのくれる愛情がなくなったら俺が死んでしまうなんて、知らないでしょう。諦めるとか諦めないとかそういう次元をとうに過ぎて、もう、今アンタを失えば俺がたちまち息絶えてしまうことなんて、知らないでしょう。想像したこともないでしょう。いつだってアンタは自分ばかりが苦しい顔で、自分ばかりが足掻いてみせるけれど、本当は、何も知らない顔で俺が、どれだけ、アンタのその気持ちだとか努力だとかそういうものを愛しているのか、知らないでしょう。今、何気なく外を眺めるその顔を、真っ直ぐに見られないくらい、焦がれていることなんて。俺はアンタを、ここから一歩も出したくないんだ。ここから一歩も出さずに、ずうっとこの部屋で、いっそ二人で朽ちていきたいんだ。命が終わって光が消えて腐り落ちる様まで全部を俺のものにしたいんだ。そこまで見届けてしまいたいんだ。朽ち果てるその瞬間までその目には俺だけ映ってればいいんだ。俺だけ映して、俺の名前だけ呼んでいてくれたら、それだけで、好きの言葉も愛しているも、そんな薄っぺらいものなんていらないくらい幸せになれるのに。生きる意志も死ぬ場所も、全部が全部、俺のものであればいいのに。そんな薄暗い思いを抱いている俺のことなぞ、何一つ知らないでしょう。アンタはいつも俺をきれいなもののように扱うから、だから俺は時々、アンタを詰りたくてたまらなくなるよ。俺はこんなにも、こんなにもアンタのことが好きでアンタのことを好きでしかないのに、まるでそれが気の迷いみたいに、自分ばかりが苦しんでみせるアンタに時々腹が立つよ。


 でも本当は。




「山崎、喉渇いた」
「お茶持ってきましょうか」
「アイス食いたいなァ」
「この前買ってきたアイスはもうないですよ」
「じゃあ、買いに行くか」
「この暑い中……?」
「暑い中たどり着いた冷たいアイスは格別ですぜ。いってらっしゃい」
「え、ちょ、オイオイオイオイ。 俺が行くの? 俺一人で行くんスか?」
「うそうそ冗談。一緒に行くに決まってんだろィ。まったく、山崎は寂しがりで困りまさァ」
「寂しがりとかそういう問題じゃありませんが」
「ほら、立って。早く」
「はいはい……」




 本当は、 こんな  、


 こんな、会話すら、アンタと一緒に、このまま飾っておきたいなどと、




「あづい……」
「……やっぱり山崎一人で行ってきなせェ」




 閉じ込めておきたいなどと、思っていることなど、本当は一生、知らなくていい。

      (08.07.07)