開け放った窓から差し込む光が、その頬を照らしていた。
無造作に結った髪のうち、落ちた一房が、その頬に柔らかい影を落としていた。
その姿を、何とも言いがたい気持ちで見つめていた。部屋の入り口に凭れ掛かるようにして、気配を消しもせず、ただ、何をするでもなく見つめていた。
けれども彼は、その視線に、どうやら気付かないようだった。
白い指が筆をさらりさらりと動かす。白い紙に黒で綴られる文字。真剣な眼差しで書き物を続ける彼を、今なら後ろから一突きで、殺せるかもしれなかった。
ふっと、部屋が翳ったのは、太陽の光を雲が遮ったからだ。
その拍子に、彼は顔を上げた。光の途切れた窓を見て、それからやっと、反対側に視線を向けた。
「沖田さん?」
不思議そうに首を傾げて、それからふわりと微笑んだ。
「何か?」
「いや、別に」
短い答えに山崎は不思議そうな顔をして、それから再び微笑む。
これ書き終わったら、少し時間できますけど。そう言う彼に沖田は、もうすぐ見回りがあるからと告げた。残念そうな顔をした山崎を、その表情の変化ひとつひとつを、見落とすまいとするかのように、沖田は山崎をひたと見つめていた。
その視線の不審に、山崎はようやく気付く。
「……どうか、したんですか?」
「どうかしてなきゃ来ちゃいけねェかい?」
「いえ…、でも、あの、何か……」
何といえばいいのか分からず山崎は口籠る。今日の沖田はどこかおかしいと、そう思うのだけれど、彼が不思議なのはいつものことのような気もする。でも。いつもなら、仕事中であろうとなんであろうと、山崎の姿を見つけては、からかいに来るのに。それを考えると、今日の沖田はやはりおかしいのだ。微笑むこともなく、かといって不機嫌なわけでなく。
ただ山崎を見つめているのだ。
「あの…俺の顔になんか付いてますか?」
「目と鼻と口」
「そうですね…」
ああ、やはりいつもの沖田ではないか。苦笑をして、とりあえず仕事に戻ろうかと体の向きを戻しかける。
そこで。
「考えてたんでさァ」
ぽつりと、本日始めて沖田からの、言葉を山崎は聞いたのだった。
「は?」
「考えてた」
「な、何をですか?」
「山崎のどこが好きなのか」
「………………」
そういうことをさらりと、何でもないように言わないで欲しい。何度言われても慣れない。絶句した山崎に、沖田は微笑む。その笑みを見るのも本日始めてだった。
「……それで…わかったんですか…?」
何もかも聞いてしまって恥ずかしいことは一度で済まそう、そうでないと仕事中にどんな言葉を寄越されるか分かったもんではない。そんな山崎の考えを知ってか知らずか、沖田は笑って首を振る。
「いいや。分かんねェや」
「そうですか…」
ふ、っと安堵の息を零して、山崎は落ちてきた髪を耳にかける。それでは仕事に戻ろうかと思った彼が甘かった。
「ただ、山崎のことが、好きだって再確認しただけでさァ」
再び絶句。
いつものように、なんでもないように、まるで当たり前のように。気持ちを告げられ言葉を寄越され、戸惑うと同時に腹立たしい。何か言い返して同じ気持ちを味合わせてやりたいと思うのだが、どうも気恥ずかしくて気持ちをまともに告げることさえも、いまだ簡単にはままならないのだ。
「さーて、仕事仕事」
気が済んだとでも言うように踵を返す沖田に焦って、山崎は声をあげる。
「あの!」
「はいよ」
雲間から、太陽の光が再び覗いた。薄暗いときよりも、何故だか視界がぼやけるようだった。逆光になってしまって、山崎の表情は、沖田にはうまく読み取れなかった。ただ、焦ったような、躊躇うような、そんな空気だけ。
「俺は、沖田さんが沖田さんだから、好きです」
光の中、寄越された言葉に、今度は沖田が絶句する番だ。山崎といえばうまく言えたことが嬉しいのか、よしっ、などと拳を握っている。
すうっと目を細めた沖田は、すっと部屋の中に入り、流れる動きで山崎の前に片膝をついた。それを山崎が疑問に思うよりも先に、掠めるやわらかさで唇を奪う。
「それは嬉しいねェ」
きゅうと眉根を寄せて黙り込んだ山崎の頭を二度ほど軽く叩いて立ち上がる。
振り向くことなく部屋を出た沖田は、廊下を歩きながらぼんやりと空を見上げた。
太陽が、雲と雲の間から、出し惜しむかのように光を零している。それに照らされてた彼の頬を思い出した。触れた唇の感触は、まだ唇に残っているようだった。
好きでいる理由がわからない。彼が、彼だから好きなのか、それとも何か、決定的に彼でなければならない理由があるのか。見つめていても触れて見ても言葉を交わしても、よくわからなかったけれど。
曖昧に不鮮明に、それでも彼を愛していると、それだけは確かなようだった。