大変規則正しい寝息が耳に届く。
気配を殺しているので当たり前だが相手は俺が傍に居ることにも気付かない。
規則正しく安らかに寝息だけが聞こえている。
ああもう、この人簡単に暗殺されるんじゃないの、と思って、想像したら悲しくなった。
「ねえ、沖田さん。眠れないんです」
か細く声をかけた。本当はもう少し大きな声ではっきりと喋るつもりだったのに、いざ声に出してみたら引っかかったような小さな声しかでなかった。気配を殺して息を詰めすぎたせいだ。布団にくるまって眠っている人は少し呼吸を乱して、それからまた、規則正しい寝息を立て始めた。
ああもう、暗殺されるよ確実にこの人。
「沖田さん」
今度は少し大きめの声が出た。正確だった寝息がまた少し乱れて、それから
「うん……?」
と不思議そうな声がして沖田さんがゆっくりと目を開けた。瞬きを緩くするその様子でさえ、闇に目が慣れた俺には分かってしまう。
「山崎……?」
名前を呼ぶその声が掠れていて、そこで初めて、起してしまって悪かったなあと罪悪感みたいなものが生まれた。
少し俯いて座ったままの俺を沖田さんはぼんやりと見ている。ああ、起してしまって悪かったなあ。でも、今更ここで退室しても起してしまったことには変わらないから、どうせなら徹底的に甘えてやろう。そう決めた。
「眠れねェのかい?」
だからさっきそう言いました。
拗ねて言う代わりに小さく頷けば、ぼんやりとしていた沖田さんが少しだけ嬉しそうな顔をした。それから沖田さんはもぞもぞと動いて俺から少し離れてしまう。何で、と思えばそれがばれたのか、沖田さんが少しだけ笑った。
「はい」
布団の上掛けを捲られて、空いたスペースを示される。
「おいで」
「……いいんですか?」
「いいんですかって、お前そのつもりで来たんだろ。いいから早く入りなせェな」
ぽんぽん、と空いた場所を叩かれて、躊躇いながら大人しく従った。さっきまで沖田さんが丸まっていたその場所は暖かくって居心地がよかった。もぞもぞと動いてよい位置を探れば、捲っていた上掛けを沖田さんが俺の肩に優しくかける。
「ありがとうございます」
言えば、「うん」と嬉しそうな顔をされた。
寝起きの、とろんとした目つきのまま沖田さんが俺の顔を見つめて、それがあまりに幸せそうに見えたのでどきりとした。控えめに伸ばされた指が俺の髪を何度か梳いて、離れていくときに耳を掠めた。くすぐったくて身を捩れば、ふふ、と楽しそうに笑われる。
「何ぞ、怖い夢でも見たのかい」
「そういうわけでもないんですが……」
ないんですが。
ただ何となく唐突に心細くなって唐突に寂しくなって唐突に空しくなって、唐突に顔を見たくなった。それだけ。
顔を見たら、こちらの存在になどまったく気付かないですやすやと眠るその姿が愛おしいやら憎らしいやらで部屋に帰りたくなくなった。
それだけ。
「ふぅん?」
理由を言わず口篭った俺を少しばかり不思議そうに見た沖田さんは、けれどすぐにまた嬉しそうな顔になって俺の手に自分の手を伸ばした。指先だけ軽く絡ませられて、甘ったるさにどきどきした。
「昔、」
「はい?」
「お前、こうやって俺んとこ来たの、覚えてる?」
絡んだ指先を見つめながら沖田さんが言った。
「昔?」
「うん。お前がまだ組に入りたての頃」
懐かしむように言って、上目遣いで俺の顔を見る。それから笑って、
「覚えてねェのかい薄情だなァ」
と楽しそうに言った。
「大部屋に入れられたおめえがよォ、眠れねェからっつって俺んとこ来たんだよ」
「そうなんですか?」
「その頃はお前と同い年くらいなの居なくって、ガタイのいい奴らと一緒に寝んのが怖かったんだろうなァ。沖田さぁん、一緒に寝てくれませんか? って泣きそうな顔してさァ」
そりゃあもう可愛かったんだぜ。
笑って沖田さんはそう言って、それからまたとろりとした目で俺を見つめ、繋いでいる手とは逆の手を伸ばして俺の頬を指の背で軽く撫でた。
「俺ァそんときにさ、決めたんだ」
「何をです?」
その質問に沖田さんは答えないまま、絡めた指をそっと離して子供のようにしっかりと手を繋ぎなおした。それから顔を近づけてわざと音を立てて口吻けをしたかと思えば、
「もう、おやすみ」
と優しく言った。言ってそれから、俺が眠るより先に目を閉じて、暫くしたらまた正確な寝息を立て始めた。
繋がれた手に少し力を込める。すると、緩く握り返されて、それがひどく嬉しかった。
身体を丸めるようにして沖田さんに擦り寄って、それから目を閉じる。ふわりと沖田さんの香りがして心地が良い。
暖かいなあ、と思えば、一気に眠気が襲ってきた。
繋いだ手が眠っている間離れてしまわなければいいなぁと思いながら、俺も目を閉じる。
朝が来て目を覚ましたときに、まだこの手が繋がれていればいいなと思った。
一日の一番初めに沖田さんの顔を見て、一番初めにおはようって言えればいいなと思った。
こういうことが幸せっていうのだろうなぁ、と感じで、暖かい気持ちのままで俺は眠りに引きずられていく。
こういうことが、幸せっていうのだろうなぁ。
こういうことが、好きってことなのかも、知れないなあ。と、今更ながらそんなこと。