おいで、と指先で招いたら軽く首を傾げただけで寄ってきた。
その様子が、まるで猫のようなのだ。
「何ですか?」
「後ろ向いて」
「はぁ……」
何言ってんのこの人、という目で山崎は沖田を見て、しかし言われた通り沖田に背を向けた。白いはずの首筋が、タートルネックで覆われてしまっているので沖田は楽しくない。
「これ脱げよ」
「いきなりセクハラですか」
「何でこんなの着てんだァ?」
指で軽く布を引っ張れば、山崎が大げさに苦しそうな声をあげた。ぐえ、と何かがつぶれたような哀れな声だったので、ぱっと手を離してやる。
「寒いんですよう」
寒がりなんですよう。と、眉を下げてこちらを振り向く顔が本当に哀れだ。不幸を背負っているなぁ、とときどき沖田は思うことがある。どうにも幸せになりそうにもない顔なのだ。
けれど実際には山崎は運が強いので、簡単には死なないし、不幸のどんぞこに落ちたりもしない。
「で、何なんですか?」
もう前向いていい? と聞くので、沖田はそれに答えず無理やり山崎の首を前へ向かせた。痛いです、と文句を言うその声が、笑っている。
「動くなよ」
短く言って沖田は、袂から深緑のリボンを取り出した。てかてかと安っぽいそれは、この前近くの子供にもらった菓子についていたものだ。
山崎の髪を掬って軽く梳き、簡単にまとめる。緑のリボンでそれを結わえた。てかてかと安っぽいリボンは滑りやすく、まとめたはずの髪が幾分か零れ落ちてしまう。
沖田は軽く舌打ちをして、もう一度やり直した。髪が落ちないように、ときつくリボンを結んだら、山崎の髪を巻き込んでしまって「痛い」と文句を言われた。
「終わった?」
「うん」
沖田の手が山崎の髪からそうっと離れる。リボンで無理やり髪をまとめられた山崎は、それでもやっぱり少し零れ落ちてしまった髪を耳に軽くかけ、首を少し振った。
ちりん
「……え、」
ちりん
山崎が頭を振るのに合わせて、山崎の頭から鈴の音が聞こえる。
山崎は沖田を勢いよく振り返り、その勢いで鈴が、ちりちりん、と高い音を立てた。
「何ですか、これ」
「鈴」
「いや、そうじゃなくて」
「もらった菓子に付いてたんでさァ。何かに使えるかなーと思って取っといたんだけど、お前の髪があんまりにも邪魔くせぇから、お前にやるよ」
「あ、ありがとうございます……じゃなくて」
「何でィ。不満でもあるってのかい?」
「不満っつーか、とりあえずまずこれ痛いんですけど。あと、」
ちりん、と、山崎が顔を動かすたびに鈴が鳴る。
「……うざくないですか、これ」
嫌そうな顔で山崎が言って、自分の髪をまとめているリボンにそっと触れた。
きちんと鈴が真ん中にくるように結んである。変なところで器用だ。結んでいる間中、鈴の音を隠していたのも、変に器用だ。
「……はずしていいですか?」
聞きながら、山崎はしかし勝手にはずしてしまおうとはしない。
リボンがはずれてしまわないように、おそるおそる鈴に触れている。
「だめ」
「ええー」
何でですかぁー、と言うなら、はずせばいいのになぁ、と沖田は思う。
何やってんですかバカですかとか言いながら、自分ではずせばいいのに。
甘やかしだなぁ、と思って、嬉しくなった。
「何笑ってんですか」
「べっつにぃー」
「気持ち悪い」
「うっせぇ。リボンがそんだけ似合う、お前の方が気持ち悪ィよ」
沖田の指が、また半端に零れ落ちてしまった山崎の髪をその耳へやさしくかける。
「だからはずしますって」
「だめ」
「何でですか」
「だって、」
低く笑った沖田が山崎の頬をするっと撫でて、それとは反対の頬に軽く唇を寄せた。
ちゅ、と音を立てて離れた唇に、山崎の頬の温度が上がる。
「可愛いから」
沖田の言葉にぱっと身を引いた山崎の動きに合わせて、鈴が高く、ちりん、と鳴った。
唇を触れ合わせて、離す、その小さな動作に合わせて、鈴がちりちり鳴っている。
それが恥ずかしいのか、沖田の手が触れている山崎の頬の熱が、いつも以上に高い。
軽く触れ合わせているだけなのに簡単に赤く染まってしまった唇を親指で軽く押して、小さく笑えば山崎がぎゅっと目を閉じ肩を竦ませた。
やはり律儀に、ちりん、と音がした。
「も……はずしていいですか……」
沖田の胸を弱々しく押し返し、顔をうつむかせた山崎がか細く聞く。
首筋はきっと赤く染まってるんだろうなぁ、と思えば、やはり厚着が憎らしい。
だめ、と沖田は同じように小さく言って、胸を押し返しているその手をぎゅっと握った。
沖田を軽く見上げた山崎の目元が赤く染まっている。
可愛いなあ、と握った指先にくちづければ、何がそんなに恥ずかしいのか、山崎がふるふると首を振った。
ちりん、ちりん、と鈴が鳴る。
「あんまり動くと、はずれちまうぜ」
山崎の耳元に唇を寄せて囁けば、山崎がぴたりと動きを止めた。
はずしていいかと聞くのなら、暴れてはずしてしまえばいいのになぁ、と思って、やはり沖田は笑ってしまう。
「今日、一日だけ」
「…………」
「今日一日だけでいいから、それ、付けてなせェ」
「……なんで、ですか」
たずねる声が、掠れている。
「だって、そうしたら」
沖田は山崎の耳に唇を寄せたまま、腕をまわして軽く鈴をはじいた。
ちりん
「山崎がどこにいたって、俺にわかるだろ」
笑い混じりで言った沖田に、山崎は小さく唸る。
唸ったあと、沖田の体に腕を回して、
「俺は猫じゃありません」
と、拗ねたように言った。
知ってるよ、と沖田は答えて、少し体を離してから山崎の顔を覗き込んだ。
眉を寄せて、なんなんですかもう、と文句を言っている。
困ったように照れた顔は、そういえば久しぶりに見たな、と沖田は思って、
「かわいい」
と思わず言えば、山崎はまた眉を寄せて、沖田に抱きつき顔を隠してしまった。