談話室に入るなり大きな溜息を吐いた山崎に、沖田はみかんの皮を剥く手を止めた。
「どったの?」
そのままどさりと畳の上に倒れこんだ山崎の頭をちょいちょいと指で突くと、ぐったりとした顔が上がる。
「クリスマスとか、」
「うん」
「ないですよねーあるわけないよね、別に分かってたけどさぁ分かってたけど何が悲しくてあんなカップルだらけの中を男だらけで歩かなきゃいけないのかなぁ!」
言って、力が抜けたようにそのまま顔を伏せてしまう。
そういえば山崎は今日繁華街の方面の見回りだったな、と沖田は思い出して苦笑した。
クリスマスはとっくに終わったが、街にはまだイルミネーションが溢れているし、今年のクリスマスは特に平日だったから今週末はきっとどのカップルも盛り上がったり盛り上がったり盛り上がったりするんだろう。
しかし残念ながら警察官には、クリスマスも週末休みもありはしない。
「沖田さん、仕事は?」
「見て分かんだろ、休憩中」
食い終わったら行くよ、と言いながら、沖田は殊更ゆっくりみかんの皮を剥く。続いて、いつもは取らない白い筋を丁寧に取るその様子に、寝そべったまま顔だけ上げた山崎は呆れたように小さく笑った。
「ずるい」
「ずるかねーよ。おめーこそ、何してんの」
「俺は今やっと交代してきたんですよ」
わざとらしく頬を膨らませてのそのそと起き上がると、沖田に擦り寄るようにして近づき、隣に座る。ん? とその顔を覗き込んでやれば、山崎がへへ、と小さく笑って、沖田の肩に頭をこてんと乗せた。
「もう、クリスマスとかなくていいのに」
「何、拗ねてんの?」
「違いますよう。違わないけど。クリスマスなかったら年末のこの忙しさも、ほんのちょっとマシになると思うんですよね」
酒飲んで騒ぐのが推奨の行事なんてなくなればいいのに! と言って、そのままずるずると体重を沖田にかける。
倒れてしまわないように手をついて自分と山崎二人分の体重を支えながら、沖田は空いた手で山崎の頭をあやすように撫でた。
山崎は特に嫌がるでもなく、甘えるようにされるがままになっている。
(俺ァ、今がこれで幸せだな)
だからクリスマスなんてどうでもいいや、と沖田は唇の端を引き上げた。
ここはいつものようにお互いの部屋ではなくて、誰もが自由に出入りできる談話室で、しかも屯所中の空気は荒みきっていて、今ここで誰かが入ってこようものなら斬りかかられても文句は言えない。
言えないが、泣きたいくらい忙しい中見つけた小さな幸せを楽しむことくらい、見逃してくれよ、と思う。
誰も入って来ませんように、と祈るように思いながら、沖田は山崎の肩をぐっと掴んで、その顔を沖田に向き合わせるようにした。
勝手にうとうととしていたのか、山崎がちょっと不機嫌そうにする。
「何ですか?」
「今思い出したんだけどさ」
「はい」
「俺、サンタさんからお前宛に、プレゼント預かってたんだった」
「は?」
何言ってんのこの人、という冷たい目が沖田に突き刺さる。
「いいから。ほら、目閉じて」
「はぁ……」
言うと、しぶしぶといった様子で山崎が目を閉じる。
「で、手出して」
「はい」
目を閉じたまま山崎が掌を上向けるようにして沖田に手を差し出した。
素直なその様子に沖田が忍び笑いを零すと、気づいた山崎が眉間に皺を寄せる。
「何なんですか、もう」
まだ? と聞く山崎が少し苛々していて、このままでは目を開けてしまいかねない。
沖田は笑いを引っ込めると、廊下の気配を探って誰も来ないことを確かめ、差し出された山崎の手をぎゅっと両手で握りこんだ。
驚いた山崎が目を開けてしまうより早く、山崎の唇に自分の唇を触れ合わせる。
一瞬力の入った山崎の体から徐々に力が抜けていき、沖田が握った手を、山崎が同じ強さでぎゅっと握り返した。
「……いきなり、何なんですか」
「だから、サンタさんからのプレゼントだって。頑張ってるおめー宛に」
小さく笑う山崎の頬にちゅ、と小さくキスをすると、山崎がくすぐったそうに身を捩る。
「じゃあ、今のキスはサンタさんの代行?」
笑いながら山崎は言って、いたずらっぽい目で沖田の目を覗き込んだ。
「俺、沖田さんからのちゅーが欲しいな」
ふふ、と笑って、握ったままの手に力を込めたり抜いたりする。
さっきまで拗ねて荒んでいたのに、もう上機嫌になっている。
「俺、そろそろ行かなきゃいけねェからなァ」
「ええー」
「山崎からしてくれたら、いいよ」
からかうようにそう言って頬を撫でてやれば、山崎は、んーと悩むようなそぶりを見せる。しかしそれも少しのことで、すぐにまた笑顔になると、
「じゃ、目、閉じてください」
と言って、沖田が目を閉じるより早く、沖田の唇に自分の唇を押し当てた。
手を繋いで唇を触れ合わせながら、多分お互いに、誰も来ませんように、と祈るように思っているだろう。
唇を離してしまったら、沖田は多分みかんを諦めて仕事に戻らなければならない。山崎だってそう長い間、休んでもいられないだろう。
なんたって世間は忙しくて、年末年始の真選組に休みはないのだ。
(幸せだなぁ)
けれどあと、もう少しだけなら。
だって世間はこんなにも浮かれ気分なのに。せめてほんの少しだけでも、幸せな気分に浸ってたっていいじゃないか。