鎖があればいいだろうか。もしくは縄。痛くないのはどちらだろう。鎖は冷たそうだし、縄は食い込んで跡が残りそうだ。緩く縛ればいいのかな。どうしたらいいのかわからない。
つけるならどこだろう。首輪のように首に……つけるのはかわいそうだから、手か、足がいい。手だと、動くたびに気になって仕方ないだろうから、足が一番いいだろう。片方の足首にきゅっと縛っておけばいい。部屋の中を自由に歩きまわれるくらいの長さにしよう。部屋からは出れないような長さにしよう。
念のためつっかえ棒などはいるだろうか。外の光さえ漏れ入らないように暗幕でもつるしておく?
どうしたらいいのかわからない。
どうしたいのかもわからない。
沖田は暗い顔で暗い中眠る山崎を静かに見下ろしている。
山崎の胸は規則正しく上下していて、唇からは寝息が聞こえてくる。と、それが不意に乱れて、もぞもぞと山崎が腕を動かした。自分の右側、つまりは沖田が普段眠っているあたりに手を伸ばしてぱたぱたと何かを探すように動く。指先に触れるのは冷たいシーツばかりなので、山崎は眉間に少し皺を寄せて、そうっと目を開けた。
仰向けにしていた体をごろんと右向きにして、ぼんやりと沖田を見上げる。
「……何、してんですか」
声が少しかすれているのが、沖田にはわずかに嬉しい。
暗闇の中でひらひらと動く白い手が自分を探していたのだとしたら、と思ってとても嬉しい。
妄想ではなくて本当のことでありますように、と思いながら沖田は、山崎の額に優しく触れた。前髪をかきあげて、額を撫でて頬に触れる。山崎は大人しくその掌に擦り寄って、甘えたように目を閉じた。
「……寝ないんですか?」
ひどく眠たそうなぼんやりとした言葉で山崎が言う。
そういう山崎自身は沖田の掌から移されるぬくい体温に安心して今にも眠ってしまいそうだ。
「もう寝るよ」
「……また考え事ですか?」
ふふ、と山崎が、からかうように笑った。馬鹿にするような笑い方だったが、沖田にはそれがあまり不快ではない。馬鹿だというのは自分自身が一番よくわかっているのだ。
「さてね」
「今度は、なに?」
とろんとした目を開けて、山崎が眠たそうに沖田を見上げる。その口元が優しく緩んでいる。甘えているような顔でもあるし、甘やかすような顔でもある。
沖田が答えないでいると、山崎は一度肩を小さく震わせて、「寒いから中入って」と布団の端を持ち上げた。
そうするから外気が入って寒いんじゃねえの、とは、思ったけれど言わない。促されるまま布団の中に滑り込めば、山崎の体温で暖められていてぬくかった。眠たくなるような心地のいい温度だった。横たわれば山崎が当たり前のように擦り寄ってくる。腰の辺りに腕を乗せてやれば、幸せそうな顔をして沖田を見上げる。足を絡めれば、冷たい、と文句を言われた。けれどその山崎の言葉は十分に笑いを含んでいたので、沖田は足を、絡めたままにしておいた。
「俺はねえ、どこにもいきませんよ」
沖田の腕の中で安心したように目を閉じて、山崎が小さな声でぽつりと言った。
「……なにが」
「どうせまた、くだらないこととか考えてたんでしょう」
そうやって考えてばかりで夜にきちんと眠らないから身長が伸びないんですよう、と山崎は言って笑った。お前も同じような身長じゃねえか、と言えば、沖田さんが俺を追い越すチャンスをあげてるんですよ、と返される。
沖田は山崎と同じ目線の高さなのが決して嫌ではないので、身長が伸びる伸びないはどうでもいい。山崎が勝手に勘違いしているだけだ。
目線が同じほうが、キスだってしやすくていいじゃねえか。
けれどそれは少し気恥ずかしくて言えないでいる。
山崎は聡いからそんなこと気づいているのかもしれない。沖田が気恥ずかしがっているということまで見抜いていて、その上でからかっているのかもしれない。山崎は賢く考えがわりと深いので、沖田には分からないことがたくさんある。
たとえば、どうやったらこの腕の中から少しも逃げずにいてくれるだろう、とか。
どうやったら自分のことだけ一生考えて生きてくれるだろう、とか。
そういうことが沖田にはわからない。
けれどそういう沖田の悩みは山崎にとってはくだらなくて馬鹿馬鹿しくてどうでもいいことらしいので、沖田がこうして夜中に考え込んでいると、決まって馬鹿にしてからかうのだった。
「お前が悪いんだよ」
「なにが?」
「……俺が夜寝れねえから身長が伸びねえんだとしたらね、それはお前が悪いよ」
「なんでぇ?」
八つ当たりですか? と山崎はもぞもぞ動く。くすくすと笑い声が聞こえるので、腰を少し引き寄せてぐっと力を入れてやれば大人しくなった。
「……お前が悪いよ」
すっぽりと腕の中に納まっている山崎の、頭の先に唇を落として囁く。
山崎はちょっと首を傾げて、理不尽すぎますよう、と小さく笑った。
鎖があればいいだろうか。それとも縄? 痛くないのは、痛いのは、より離れられないのはどちらだろう。
お前が俺のもんにならねえのが悪いよ、という言葉を沖田は飲み込む。胸がきりきりと痛いのは、きっと、そういう言えない言葉ばかりが溜まっていってしまっているからだ。
お前が他の誰かのもんなのが、悪いよ。
言えばきっと山崎は怒るだろう。傷つくかもしれない。肌まで許してこれ以上何を、と言うかもしれない。
だから言えない。
けれど消えない。
沖田は怖いのだ。
(ねえ、いつかお前が俺のことなんか嫌いになって、ううん、嫌いになんてなんなくても、俺じゃない他の誰かを大事に思って、やっぱり俺が一番じゃなくなって、そうして離れてしまったら、)
「眠れないなら、子守唄歌ってあげましょうか」
くすくすと笑いながら山崎が言って、沖田にすり寄る。温かい体温が腕の中にあって、沖田は安心する。ふわふわとしていい気分だ。このまま眠ってしまいたい。けれど、眠って、その間に山崎が消えてしまったら、と思えば、怖くて怖くて仕方がない。
「うん、聞きてぇな」
「えー、マジですか?」
甘えるように言えば、山崎がやっぱりおかしそうに笑って、指先で沖田の髪を緩く梳いた。細く甘い音が唇からこぼれだして、沖田の鼓膜をくすぐる。沖田の聞いたことのない子守歌だ。
(……ねえ、どうしたらお前が、全部俺のものになんの?)
大好きで大切で一番だった姉上の一番は自分ではなかった。
大好きで信頼していて一番にしてほしかった近藤の一番も、沖田ではなかった。
大好きで大切で信頼していて愛していて守りたくてずっとそばにいたい山崎は、
(このままずっと、俺のものに、どうやったら、なってくれんの?)
閉じ込めれば、いいのだろうか。自分以外が見えないように、山崎の世界を閉ざしてしまいたい、と沖田は思っている。山崎がそれを許してくれればいいのにな、と思っている。
どうすればいいのかわからないし、本当はどうしたいのかもわからない。
「なあ、山崎」
「はい?」
眠くなりました? と山崎が言う。沖田の背中をあやすように叩く。
「……好き」
「はは、何ですか、それ」
好きなんだ。
言葉だけで縛れるならば、それが本当は、いちばんよかった。