鼻の頭を真っ赤にして涙目の山崎が部屋に転がり込んで来たのは、もう夜も更けた頃だった。
真選組は、朝は遅いが夜は早い。日中脳みその代わりに筋肉を使って鍛錬だ見回りだ討ち入りだと動き回っているからだ。
その中で沖田と山崎は宵っ張りの方で、夜に遊ぼうと思っても他に相手がいないので、自然、何かあれば互いの部屋に行くようになって、まあ、そこからごにょごにょ、というわけではあるが、ともかく今夜。
半泣きのような顔で沖田の部屋に転がり込んだ山崎は、そのわりにへらへらとした笑みを浮かべ、「沖田さん!」と弾んだ声を出した。
「雪!」
「は?」
「外! 雪!」
なるほど、鼻が赤いのは寒いせいで、涙目なのも寒いせいだ。山崎が開けた部屋の入り口から冷たい空気が暖かい部屋へ流れ込む。
片言なのも、きっと寒いせいだろう。
「雪ィ?」
うん! と子供のように勢いよく頷いて、山崎は沖田の傍らに膝をつく。きらきらとした目で見つめられて、こたつに入り縮こまっていた 沖田は大きく溜息をついた。
「……おめえ、何でこんな時間外にいたんだよ。仕事?」
「沖田さん、知らないんですかぁ?」
「何が」
「流星群! 流れ星! 今日すごいんですよ」
「……へー」
それで? と話を促せば、興味の薄い沖田の態度に拗ねたのか、山崎は冷たそうに赤くなった頬を軽く膨らませる。
「見ようと思って外出てたんです。それで、」
「見てたら雪が降ってきたって?」
「沖田さんに教えようと思って」
にこにこと本当に嬉しそうに笑う山崎の頭を、軽く沖田は撫でてやる。触れた髪が少し湿っていて、沖田は軽く眉を寄せた。
「風邪ひくぜ」
「ひきません、馬鹿だから」
「お前なあ」
「ね、外、見てくださいよ。きれいだから」
鼻や頬が赤いのは寒いせいばかりではなくて、幾分か興奮の要素もあるのかも知れない。ぐいぐいと子供のように袖を引っ張る山崎に、沖田は小さく苦笑する。
元来、情緒がある方ではない。
美しいものをてらいもなく美しいと言ったり、きれいなものに過剰に心を動かされたりすることが、ない方である。
雪が降ったと聞いて思うのは、明日の仕事のことであったり、外の寒さのことだったり、そういうことだ。
だから、きれいだから見てみろと言われても本当は動きたくない。面倒くさいし、何より寒い。
けれど沖田は山崎に甘い。
楽しそうに腕を引っ張られて、長く拒めるわけもない。
促されるがまま立ち上がり、窓の外を見やれば確かに雪がはらはら降っていた。
「……寒そ」
「寒かったっスよお。晴れてりゃ星のきれいな日になったでしょうが」
「流れ星、見れなくて残念だな」
「はは、でも変わりに雪が見れたのでいいです。沖田さんと一緒に」
何気なく付け足された言葉が甘たるく沖田の耳に届く。
へらへら笑う山崎の頬に指で触れれば、ひんやりと冷たかった。
「……冷てえ」
「だって外寒ぃもん」
「そんな寒い中、何のお願いごとがあったわけ」
頬に続けて、耳に触れる。その後触れた首筋だって、触れた指先が凍るほど冷たい。
「えーっと、無病息災、かな」
「ダサっ」
「ダサくない! 大事でしょう?」
「大事だけどさ……」
もっとこう、それこそ情緒のあるような。
呆れる沖田に、寒いのかぴたりとひっついて、山崎がはぁ、と息を吐く。部屋の中は外よりずっと暖かいが、山崎の体は冷えている。
抱きしめても怒らないかなぁ、と、そろそろ腕をまわした沖田におもむろにぎゅっとしがみついて、
「健康で、怪我も少なく。何事もありませんように。……この上なく贅沢な願い事だと、俺は思いますけどね」
小さめの声で山崎が言った。
少し寂しそうな声だった。
出会ったときからのことではあるが、沖田はこういう山崎に弱い。とことん、弱い。
「……知ってるか? 初雪を見たやつってのは、願い事が一個叶うんだぜ」
「知らない。何それ」
「だからァ。流れ星が見れなくても、お前のお願い事は、叶うよ」
「……初雪見たから?」
「初雪見たから」
「……ははっ」
おかしそうに山崎は噴出して、しがみついていた体を離した。本当ですかぁ? と、きゃらきゃら笑い声をあげる。
「本当。少なくとも、俺限定では」
「え?」
「無病息災。努力してやらァ」
沖田の言葉に山崎は一瞬呆けた顔をして、それから、心底嬉しそうな笑みを浮かべた。
絶対ですよ! という声が弾んでいる。
(健康で、怪我も少なく、)
離れた体を引き寄せて、暖めるように抱きしめた。山崎はまだ笑っていて、積もりますかねぇ、積もるといいなぁ、と子供のように言っている。
(ずっと一緒にいれますように)
雪に願うから、叶うといいな。
冷たい髪に頬を寄せ、沖田はゆっくり目を閉じた。