重い空気を吸って、吐く。蹴られた小石が軽く転がり、かつんと、門柱に当たった。
「沖田さん」
それに遅れるようにしてかけられる声に、沖田はふっと振り向く。
「お疲れ様です」
「ああ、山崎ですかィ」
もちろん沖田は驚かない。それはしかし声で気付いたからであって、役目柄響かない足音に気付くことができなかったことが、悔しいと思って苦笑した。
「見張りですか?」
軽く小首を傾げるようにして問うた山崎は、頷いた沖田に不思議そうな顔をする。
「何で、沖田さんが?」
「ちょっと外の空気を吸ってたい気分だったんでさァ」
「ああ、それで」
珍しいなぁ、と笑って、山崎は当然のように沖田が立っている門柱とは反対側の門柱に背中を預けた。
もともと夜間のこういった見張りは平隊士の仕事であって、組長である沖田にその仕事が回ることはない。隙あらば仕事をさぼって寝ているような沖田が自らすすんでやりたがるなど、確かに珍しいことだった。
くすくすと笑う山崎にふっと笑んで、珍しいねェ、と沖田も返した。空を見上げる。満月には少し足りない月。
風がさわさわと抜けていく。山崎は何をしに来たんだろう。思って横を向けば、こちらを見ていた山崎と目が合って面食らう。
「…何か、付いてますかィ?」
「あ……いや、別に…」
困ったような顔をしてすっと目を逸らされるので、余計に気になる。
「山崎」
「はい」
「山崎は何でこんな時分に、こんな所にいるんですかィ?」
「沖田さんの姿が見えたので」
「ってことは、部屋の外に出てた?」
「え? ええ。副長の部屋にいましたけ…ど…」
言葉の途中で、山崎の表情がしまった、という風に変わるのが分かった。失敗したなぁとでも言うように沖田の顔色を伺うので、腹立たしいやらおかしいやらでどんな表情をしていいのか分からず、沖田はしかたなく、溜息を吐くことで誤魔化す。
「………仕事ですよ?」
「別に。知ってまずぜ」
「怒ってますか?」
「何で?」
「…………」
何で、と切り替えされて、山崎が答えられるわけがない。嫉妬、なんて正解を、知っていたとしても山崎が口にするはずがない。
もし正解を返されたら、なんて答えるだろう。沖田は考えてみる。ああ、と頷いてみるか。それとも。
まさか、と笑ってみせようか。そうすれば山崎は、少し、傷ついてしまうだろうか。
「山崎」
「……はい?」
「こっち、来なせぇ」
ちょいちょいと手招きをすると、二三度瞬きをしてから、すっと沖田の傍へ寄る。沖田の隣りに立ち顔を見ながら、それでもまだどこか不安そうな不満そうな顔をしているので、沖田は笑って頭を撫でてやった。
「……何ですか」
「スキンシップ」
「…………」
一瞬眉根を寄せたものの嫌なわけではないようで、山崎は大人しくされるがままになっている。
沖田は山崎の頭を撫で、髪を梳き、頬に触れてキスをした。
「………怒ってませんが、不愉快には思ってまさァ」
「…仕事ですよ」
「仕事じゃなかったら今頃土方さんは生きてませんぜ」
その言葉にちょっと黙って山崎は、今度は自分から沖田にキスをする。
「……俺、沖田さんの姿が見えたから、ここに来たんですよ」
「で?」
「眠いのに。明日も朝早いのに。沖田さんがいたから、寝所に戻らずこっちに来たんですよ」
これは仕事じゃないんですけど。そう言って山崎は、沖田から視線を逸らして空を見上げた。
「……どっか、出かけたいですねぇ」
「どっかって?」
「海とか。夏ですし」
「あー、それ聞いたら、近藤さんが張り切りそうですね」
「そうですね」
「……明日、朝、早いんですかィ?」
「朝一の市中見回りに同行です」
「ご苦労なこった」
「……じゃあ、そろそろ俺、寝ますね」
「そうしなせェ」
山崎と沖田の視線が一度だけかち合って、恐らくは山崎から、それが逸らされた。来たときと同じように足早に、けれど足音はさせずに山崎は遠ざかる。その背中を見送る沖田は、呼び止めようか呼び止めまいか迷って、ふっと息を吐きやめにした。
らしくない、と思いつつ真面目に見張りに戻ろうとしたとき、足を止めた山崎の声が届く。
「会いたかったんです」
それを最後に、駆け足で山崎は寝所へと消えた。
その背中を最後まで見送り、沖田は、ああそうか、と笑う。
今日は一日会わなかった。山崎が屯所にいなかったからだったが、会わないというのはここ数日なかったことだったので、妙な気持ちがした。
妙な気持ちのまま何となく眠れなかったから、見張りを変わってもらった。
ああ、そうか。
「会いたかった、ねぇ」
くすりと笑って沖田は今度こそ、見張りのために外を見直した。けれど思考は別の所で、明日の朝に飛んでいる。
もう少しすれば交代の隊士が来るだろうが、折角だから朝まで起きていよう。朝まで起きていて、朝になったら山崎をたたき起こしに行こう。一緒に朝餉を取って、山崎を仕事に送り出して、それからゆっくり眠ろう。
帰ってきた山崎が、起こしに来てくれるまで。
「さーて、いつ言おうかねぇ」
起き抜けがいいだろうか。自分も会いたかった、と伝えるのは。
会いたくて、夜も眠れなかったと伝えるのは。