風が強くて戸を揺らすので、息を殺すようにしていた。
誰かがきっと仕舞い忘れたバケツか何かが転がって何かにぶつかる音がする。ガタリ、と雨戸が鳴った。雨音は聞こえない。ただ、風が強い。
目を閉じれば機能しなくなった視覚の分だけ聴覚が強くなり無駄に外の物音を拾うので、仕方なく目を開けた。
ここで待っていなせェ、と言った人は帰って来ない。
電気はとうに止まってしまった薄暗がり。はぁ、と静かに、山崎は溜息を吐いた。
台風なんて久しぶりで、こんなこと、暫く忘れていたのだ。
膝を抱えて丸まるようにして、じっと動かないようにして。ガタリと再び、風が雨戸を鳴らした。
「山崎、生きてますかィ?」
障子がからりと開けられる。ぼんやりと明るい蝋燭の灯りと、聞こえた声に我知らず安堵する。ああ、帰ってきた。沖田さんだ。山崎は微かに笑んで見せ、生きてます、と小さく答えた。
「やっぱり裏の方が崩れてた。台風が抜けたら復旧作業が待ってますぜ」
やれやれ、と言うように首を回して、沖田は山崎の隣りに座った。風の音が一際強くなって、山崎が首を竦める。それを横目で見て、沖田は溜息を吐いた。
「怖いんですかィ?」
山崎が、ぴくり、と身体を揺らす。
「………………怖く、ありません、が」
「嘘つきなさんな。怖くないなら、何でそんなに縮こまってるの」
す、と息を吸うような気配。何かを言いかけて、山崎は口を閉ざす。まあいいか、と諦めたように、沖田は山崎から視線を逸らした。
「………………邪魔、ですか」
ぽつり、呟いた声に沖田が首を傾げる気配。
「別に?」
「……やっぱり俺、部屋に戻ります」
立ち上がろうとした瞬間、窓の外がかっと光り、続けて落ちた音にそのまま倒れ込んでしまった。
「―――――大丈夫ですかィ?」
「……だ…だいじょ……ひぃっ」
バリバリッ、と、窓を揺るがす大音響。ああ、近くに落ちましたねぇ、と呑気な沖田の言葉に、山崎が息を飲んだ。
「ほら、ここにいなせェ」
「でも……」
「どうせ、監察方の部屋に行っても落ち着かねぇんでしょうが。いいから、ここにいろって」
「………怖くないですよ」
「はいはい」
呆れたような可笑しいような、そんな声で適当に思える返事を返して、沖田は山崎に、ほら、と手を伸ばした。
「何……」
「こっちに来なせェ」
きゅ、と握った手は暖かく、山崎はそっと、安堵の溜息を零した。
昔の話です。山崎は言った。
それは、まだ幼かった頃の話だ。天人を倒すのだと攘夷の勢力が強かった時代のことで、まだ、幼かった。
台風は突然やってきた。雨と風とを連れて。だから家でじっとしていた。風は戸を揺らして、雨は戸を叩いて。誰もが息を詰めていた。切れた電線を恨めしく思い、蝋燭の灯りという非日常に心が躍った。
台風一過。晴れ渡った空を仰ぐようにして外に出て、瓦礫の山を格好の遊び道具としている子供たち。その中に、仲の良かった少年の姿がないことに気付いたのは、薄情にも、外に出てから三日後のこと。
ボールを外に出し忘れたと制止も聞かずに飛び出して、風に煽れて飛んでいた瓦礫に当たって死んだと言う。
彼が死に、雨風にその身体が晒されていた時に、自分は蝋燭の灯りに心を躍らせていたのだ。思って心臓が冷える思いがした。
だから、駄目なんです。台風の日は。
自分が笑っているうちに、大切な人がいなくなりそうで。
だから、怖いんです。台風の日は。
「………沖田さんは、死なないでくださいね」
自分に回された腕の温もりに安心しながら、山崎は静かにそう零す。胸元で響くようにして届く小さな声に、沖田はそっと苦笑を零した。
「死にませんぜ。死ぬもんか」
「絶対ですよ」
絶対さ、と笑って返して、沖田は山崎を抱き締めるようにする腕に力を込める。
怖いんだったら怖いって素直に言えばいい。笑ったりからかったり怒ったりなんてしないから。
だって、大切な人を失うのは、酷く恐ろしいことじゃないか。
「山崎も、死なないでくだせェよ」
風ががたがたと無遠慮に雨戸を揺らし、雷と共に降り出した雨はざあざあと音を響かせる。すう、と時折冷たい空気が肌を撫でて、かろうじて灯っている蝋燭の灯りを揺らす。
その度にまだぴくりと身体を揺らす山崎を、守る、とでも言うかのように。沖田は両腕に力を込めた。
風が強く、誰かの命を奪ってしまいそうだと愛しい人が恐れるので、大丈夫だと伝えるように、何度も何度も、その柔らかい髪に口吻けるように、していた。