だって確かにあのとき反応したのは俺の方がはやかったのだ。
 ただちょっとあいつの方が相手に近い位置に立っていて、俺が伸ばした腕よりもあいつの伸ばした腕の方が届くのにちょっとはやかったという、ただそれだけのことなんだ。
 だのに何だかまるで自分が最初に気付きましたよとでも言いたそうに、勝ち誇った面でこっちを見やがるんだもの。そら、手も出るってもんだろう。

 ということを切々と語ったら、山崎は眉間の皺を一層深めて、
「そういうことじゃあなくてね」
 重いため息をついた。
「じゃあ、どういうこと」
「あのね、沖田さん」
 子供に言い諭すようにゆっくりと言って、山崎が膝を揃えて背筋を伸ばしたので、俺も釣られて姿勢を良くし「はい」と子供のように素直に返事をする。
「俺の仕事はご存じですか」
「うちの監察」
「監察ってえのの仕事の内容はご存じですか」
「土方の狗」
「……概ね、間違ってはないですけど。あのね、女の格好したり、それで町を歩いたりするのは、俺の仕事なんですよ。知ってます?」
「当たり前でィ。お前、あんなの趣味でやってたら、そらただの変態だ」
「……うん。そうですね、まあいいや。それでね、ああいう格好でいるのは、敵を騙すためとか、油断させるためとか、いろいろ理由があるのです。いいですか?」
「うん」
 素直に頷いた俺に、頭痛がするのか山崎はこめかみをきつく押さえた。可愛い顔に眉間を刻み、重たい溜息をつくのでかわいそうになってくる。
「だからね……あんな! 場所で! あんな騒ぎを起こされたら! 俺が迷惑するんですあんなに目立ってあの着物気に入ってたのに暫く着れないじゃないですか! ばか!」
 ひゅん、と勢いよく飛んできた山崎の手が俺の頭をぱちんと叩いて膝の上に落ちた。下から睨みつけるように見上げてくる山崎がかわいそうやら可愛いやらで、膝の上に落ちたまんまの力ない手を取って、まだ薄く紅の残ったままの唇にくちづけたら、思いっきり殴られて突き飛ばされ、そのまま部屋を追い出された。
 あ、ひどい。今は冬で、廊下はひどく寒いのに。







 寒い廊下をとぼとぼ歩いて部屋に帰る途中、諸悪の根源に会った。名前を土方という。
 頬に張られた絆創膏の下には俺の刀が掠めた跡がある。本気でやってたら絶対殺せてたので手加減した俺を褒めて欲しいくらいだ。
「よお」
「話しかけんな」
「不法帯刀、薬物所持、密輸手引きの疑いあり、だ」
「何が」
「さっきの奴の、余罪? しょっぴいて正解だな。叩けばまだ出てくるぞ」
 くわえた煙草に火を付けながら格好をつけてそんなことを言う。前髪まで燃えちまえばいいのに!
「……その絆創膏どうしたんです」
「付けとけだとよ。もう治るっつうの」
「山崎?」
「あ? ああ」
「……俺は怒られた」
 その上殴られた。
 山崎の言い分を受け止めるなら山崎が怒ってるのは騒ぎを起こされたからで、騒ぎが起きた現場に確かに俺はいたけれど山崎に絡んだ不埒な男に最初に手を出したのはこの男だっつうのに!
 納得できないので、怒りそのまま殴りかかったらあっさりかわされた。
「何だよ、危ねえだろ」
「何でおめえだけそんな手当とかしてもらっちゃってんの。納得できねえ」
「お前なあ」
 馬鹿にするような憐れむような顔を土方はして、煙草の煙を吐き出しながら俺を見下すようにした。
 ちょっと俺より身長が高くてちょっと俺より年食っていてちょっと俺より上の役職にいるからって馬鹿にしていやがる。ぜってえいつか殺す。
「あれはな、俺んだよ」
「……あれって」
「山崎」
 はは、と不快な笑い声をあげて、土方は俺の頭に手を置いた。子供にするように髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。親愛の情、みたいなものが滲んでいて、余計に腹が立つ。
「あいつの仕事知ってるか」
「……うちの監察」
「監察の仕事ってえのは?」
「………………」
「あれはうちの監察だがな、正確に言や俺の手駒だ。近藤さんにも、もちろんお前にも、使う権利なんかねえんだよ」
「……それァ仕事の話だろ」
「実際お前は、俺が出なきゃ、山崎についても行けねえだろうが」
 ぐしゃ、と最後に一度大きく髪をかき混ぜて、ヤニくさくて血の匂いのする土方の手がやっと俺の頭から離れた。ぐ、と睨みつける俺に肩をすくめて土方は踵を返す。
「あ、そうだ。総悟」
「……」
「いいこと教えてやろうか。明日の午前、あいつァ非番だ」
「……だから何でィ」
「仕事じゃねえことは俺だって口出さないでやるよ。機嫌取る役はお前に任せた」
 すたすたと廊下を歩きながら格好をつけて掌をひらひら振って見せたりするので心底腹が立つ。
 銜えた煙草が爆発して死んじまえばいいのに! と思う間に土方は廊下を曲がって姿を消した。


 女装姿の山崎は本当にほんとうに可愛いので、俺は見ているたびに他の誰かに不埒なことをされやしねえだろうかと心配になってしまって、仕事でそうなるのならそれは俺が口出しできることじゃねえから仕方ねえけど、仕事以外でそうなるのはどうにも我慢できなくて、いっそ後をつけて行って何かあったら助けようかと、思っていたのは俺だけじゃなかった。土方の馬鹿もそうだった。あいつァあれで間が抜けてるからとかなんとかもっともらしいことを言って、その姿を追いかける様になったのは、もう随分と前のことのように思える。
 山崎が出て行ったあと時間を置いて土方が出て行ったら、俺もそれに乗っかるようにして後をつけた。
 だって仕方がないじゃねえか。
 手を出していい件なのか、そうでないのか。本当に騒ぎを起こしちゃまずいのか、少しくらいならいいのか。
 山崎の仕事を知らねえ俺には検討がつかないんだもの。
 あいつは俺のもんじゃねえのだ。
 一部だけ俺のもんであっても、あいつの全部は、俺んじゃねえんだ。


 考えていたら悲しくなって寒い廊下にしゃがみこみ膝に顔をうずめた。泣きはしなかったが、頑張れば泣けそうだ。苦しい悔しい腹が立つ。
 だってあいつは本当にほんとうにかわいいから連れ去られてしまうかも知れねえのに、俺にはそれが作戦のうちなのかどうかでさえわからないのだ。
 あいつが女ならよかった。
 本当に女だったら俺は迷わず助けられたのに。

「沖田さん」
 いじいじといじけながらしゃがみこんだままでいれば、不意に頭の上に声が落ちた。
「何してんですか。風邪ひきますよ」
「バカ山崎におん出されたから、悲しんでんでィ」
「そんなとこにいたら寒いでしょう。いじけんなら、部屋でいじけなさいな」
「山崎の部屋に入れてくれんだったら、いいよ」
 返事の代わりに大きな溜息が落ちる。いよいよ悲しくなって体をぎゅっと縮こまらせれば、俺の頭にふわりと山崎の手が乗った。
「おきたさーん」
「……」
「総悟さん。寂しいから顔あげてください」
 うっかり声に誘われるままそうっと顔を上げれば、少し困った顔で山崎が微笑んでいる。
 ああ、また困らせた。あんまり困らせてばかりいると嫌われてしまうとわかっているのに。
「あんなとこであんな騒ぎ起こして、評判ってもんが、あるでしょう」
「知らね」
「仕事でもなんでもないのに、余計な怪我とか、しなくていいんです。俺は守られるほど弱くないよ」
「知ってらあ。でも、」
 それでも守りたくなるのは、それは、俺の気持ちの問題だから、仕方ねえんじゃねえのか。
 眉根を寄せた俺が泣くかと思ったのか、山崎は少し慌てた顔をして俺の顔を覗きこむ。距離が近くなったので、そのまま唇をつきだしてキスをした。
 今度は怒られなかった。
「風邪ひきますよ。部屋入りましょ」
「……お前明日、昼まで非番だってな」
「げっ! なんで知ってんですか」
「お前の飼い主が教えてくれた」
「あー……もー……」
「俺を殴ったんだ。覚悟しとけよ」
「……も、ほんと、馬鹿ばっかだなあ」
 誰とセットにされているのか甚だ不愉快だが、山崎が笑っているので、まあいいことにする。
 その手を握って率先して歩けば、大人しく山崎は付いて来た。
 俺以外の誰かに手を引かれてこうやって連れ去られてしまわないか、ずっとずっと不安なのだ。誰にも触らせたくないし、本当は、誰にも姿を見せたくない。
「沖田さん」
「呼び方戻すな」
「……総悟さん。ついてくんのは、まあいいけどね、次は副長と騒ぎ起こしたりしないでくださいね。外聞が悪いったら」
 味方同士で争って傷作ってどうするんですか。手を引かれながら山崎がぶつぶつと言うので、俺はその手をぐい、と引っ張り部屋の中に引きずり込んで、大事に大事に抱きしめてやった。
「喧嘩上等。お前を好きなのは俺だけでいいの」

      (10.01.23)





七月の夕暮さんとの勝手にコラボ第二弾。「喧嘩上等」というイラストの裏タイトルが「退守護隊」だというので萌えが滾ってやらかしました。
沖山は付き合ってて土方さんは沖田さんと山崎に甘いだけです。女装山崎は異様にみんなに好かれてて、隊内では裏でみんなが牽制しあってたらおもしろいな…とも思います!