ざわざわと賑やかな教室で山崎は一人両目を見開き、目の前で自分の席の、椅子ではなく机の上にどかりと座り、にやにや笑っている人物を呆然と見つめた。
 黒い髪の、前髪が長い、左目を眼帯で隠している、その人。
 遅刻寸前で慌てて出てきたためチャックを閉め忘れた鞄から教科書が零れ落ちそうな程鞄も肩からずり落ちる。驚きの元凶である人は、ぽかんと口まであけて自分を見つめながらもなかなか言葉を発しない山崎に焦れて、笑顔を収めた。ちょっと不機嫌そうな顔をして、山崎の目の前でひらひらと手を振る。

「退?」

 耳に届いたその声に、山崎ははっと我に返った。
 勢いよくその場を離れ、廊下へと飛び出した。教室のドア上にかかっているプレートを確認して、きょろきょろと辺りを見回す。
 プレートに書いてあるのは【3−Z】の文字で、今日から山崎の通うべき新しい教室だった。周りには、見慣れた顔ばかりが歩いている。間違いなく今日は4月の新学期スタートの日で、間違いなくここは自分のいるべき教室だ。それらを確認してから、今度は恐る恐るといった風に教室を覗く。
 そこには先程と同じように机に腰掛けて、じっとこちらを見ている人。

「……高杉先輩」
「もっと派手に驚けよ。つまんねーだろ」
 言葉通りつまらなさそうにそう言った高杉は、机から降りて山崎の方へと近づいた。思わず一歩引く山崎に、ぴくりと眉を上げる。
「何で逃げんだよ」
「え、いや、なんとなく……」
「つれねーなァ。俺と退の仲じゃねーか」
 思わず愛想笑いを浮かべた山崎の腕をぐっと掴んで、高杉は山崎に顔を寄せた。思わぬ近さに山崎が身体を強張らせる。そのまま至近距離で瞳を覗き込まれてその状況にあからさまにうろたえ、たかすぎせんぱい……と呟いた山崎を、隠されていない右の瞳だけで高杉が笑った。
「高杉先輩、じゃねーだろ。今日から同級生だぜェ?」
「は……、」
「しかも同じクラスときた。すげー運命」
「いや、あの、何で同級生……」
「りゅーねん。したからに決まってるだろ」
「え、だって……去年、卒業、できるって言った……」
「お前を驚かせようと思った俺のお茶目な出来心だな。何かもっと派手でおもしろいリアクションを期待した俺が浅はかだったみてーだが」
 殊更残念そうに溜息をついて見せてから、ようやく高杉は山崎の腕から手を離した。近い距離のまま、山崎の前髪を掻き揚げる。

「よろしくな、山崎クン? 嬉しいだろ?」
「………………」

 ざわざわと、教室にも廊下にも人がいる状況でこれほど顔を寄せ合っている状態がまず非常に複雑で、山崎は半歩後ろに下がる。今度はそれに何も言うことはなく、高杉は踵を返して教室へと戻った。慌てて山崎もそれを追う。
「高杉せんぱ……」
「あ、あと」
「何ですか……」
「敬語と高杉先輩禁止だから」
「え、何で」
「当たり前だろ同級生なんだから。クラスメートとして、年齢の壁なんか取っ払って仲良くやろうぜ、山崎クン」
「…………」
 半身振り返ってにやりと笑った高杉に、山崎は思わず顔を俯かせて軽いパンチを繰り出す。背中にぽすりと当たったそれを楽しそうに受けた高杉は、そのまま悠々と自分に与えられた席へと向かった。
 そこには本当に、高杉の薄い鞄があって、ちょっとした悪ふざけではないのだということが分かる。

「…………すっげー複雑」


 幼馴染で、一つ年上で、憧れの人からいつしか好きな人に変わってしまったその人が、今度は新しく「クラスメート」になったようです。

 顔を俯かせたままで、山崎は右手を額に当てて唸った。






そんな感じで捏造3Zはっじまっるよー

      (08.07.10)