世間様が忙しくそれでもどこか浮かれているため警察なんて職業はこの時期相当忙しい。
にも関わらずこうして訪ねることに、「クリスマスに会えなかったから」と珍しく言い訳などを考えてみたのだが、クリスマスってそもそも天人が持ち込んだものじゃん、と気づいたのは襖に手をかけいざ開かんとしたその瞬間だった。
「よう」
「…………久しぶり」
いつも通りだらりと窓際に座って煙管をふかしている高杉に、山崎はおずおずと手を上げた。
(あ、やばい)
自分用にと相手用にせっかく考えた言い訳が通用しないのではと気づいてしまって、頭が真っ白になってしまった。
「何やってんだ? 座れよ」
「あ、はい……お邪魔します」
躊躇うように室内に入り視線をきょろきょろと動かしながら座った山崎に、高杉が不審の目を向ける。煙管の灰をぽん、と落として、しゅるという衣擦れの音を響かせながら高杉が山崎の傍へ近づいた。
「どうした。熱でもあんのか」
「な、ないよ」
高杉が山崎の額に掌を当て、冷てェ、と小さく言った。
当然だ。外は寒い。今日は風も強いから、窓だってがたがた音を立てている。
「まあ、いい。今日はどうした? 真選組様は忙しそうじゃねェか」
言う通り、真選組は忙しい。世間の忙しさに紛れて不埒なことを起こそうとする輩が多すぎるからだ。連日のように借り出され、当然休みも貰えない。
だから今日も本当は、こうして訪ねるような暇なんて、本当はないのだ。
本当だったらすぐに屯所に戻って、少しの休憩を挟んでからもう一度出なければならない。休憩時だって何が起こるかわからないから、中抜けはできない。
それはそうなのだけれど。
「……だって、」
「だって?」
「……クリスマスに、会えなかったから」
イブも本番も到底会いに来ることが叶わなかったから。
ぎゅ、と拳を握りながら言った山崎をしばしの間高杉は黙って見つめ、それからふ、と噴出した。
「なに」
「いや、俺ァそんな行事興味ねェがな」
くく、と喉の奥で低く笑って、高杉は立ち上がると部屋に唯一ある調度品の箪笥を開けて、なにやらごそごそと探し出した。
「興味はねェが、お前はそういうの好きそうだな」
「どうせ。俺は全てにおいて一般的で地味ですから」
「拗ねんなよ」
馬鹿にされるか、機嫌を損ねられるか、呆れられるか、そのどれかだと思っていたのに、山崎の予想と違い高杉の機嫌がいい。
お、あった。という声が弾んでいる。高杉が取り出したのは、一つの酒瓶だった。
「……酒?」
「ここの主人がくれた。クリスマスだから、つってな」
何がそんなにいいもんかね、と笑いながら高杉は、酒瓶と二つのグラスを持って山崎の前にどかりと座る。
畳に置いたグラスにこぽこぽと酒を注いで、ん、と山崎に押しやった。
「やるよ。クリスマスプレゼント」
「お、あ、ありがと……」
並々と注がれたグラスを手に取ると、高杉はふ、と目を細めて笑う。
柔らかな笑い方に思わず山崎がぴくりと体を揺らして、そのせいでグラスから酒が零れた。
「あ、」
「勿体ねェ」
零れた酒が山崎の手を伝って畳へと落ちる。
拭かなきゃ、とグラスを畳の上へ置いた山崎の手を、高杉が不意に取って、唇を近づけた。
「ちょ、」
零れた酒を舐め取るように、高杉の唇が山崎の手を滑り、指へと移動する。
きゅっと唇を噛んだ山崎を見上げて、高杉の唇が楽しそうに弧を描いた。
「俺はいいからっ、畳、拭かないと染みになるよ」
「構わねェよ」
山崎の手を掴んでいるのと反対の手で、高杉が山崎の頬をするりと撫でる。
冷てェな、と低く言って、その唇が、山崎の唇に押し当てられた。
酒で濡れている唇が触れる感触に、山崎が小さく吐息を漏らす。薄く開いた唇の隙間から高杉の舌が忍び込み、山崎の舌先を一瞬絡めとった。
「……ぁ」
そのまま唇は離されて、高杉は自分の唇を赤い舌でちろりと舐める。
その仕草に山崎の背中がぞくりと震えた。
「美味いだろ。上等の酒だ」
楽しそうに高杉が笑って、山崎の髪を柔らかく梳く。
舌先が触れ合った程度では、酒の味などわかるはずもない。けれど、それを伝えるのは妙に恥ずかしい。
(だって、それって何か、)
キスを強請っているみたいじゃないか。
じんわり熱くなった顔を隠すように俯いた山崎の考えを見透かしたように、高杉が小さく笑った。それに抗議しようと顔を上げた山崎の唇に、高杉の唇が柔らかく重なる。いつものように触れ合わせるだけのキスの合間に、取られたままだった手が一度離され、指を絡めて繋ぎなおされた。
ゆっくりと唇を離されて、そのまま近い距離で目を覗き込まれる。
「顔、赤ェけど」
「……酔ったんだよ」
「あんだけで?」
「……なんか今日、キャラ違くない?」
軽く睨むようにして言った山崎の言葉に、高杉はさあ? と笑って、一度するりと山崎の頬を撫でた。そのまま体を離してしまって、自分のために酒を注いだグラスを手に取る。
「飲まねェの?」
「……飲むけど」
「どうせ時間もあんまりねェんだろ。瓶ごと持って帰れば」
酒を喉に流し込みながら、高杉はちらっと壁にかけられた時計に目を向けて、いいのか? と短く聞いた。それに促され時計に目をやれば、もうそろそろ戻らなければ叱られるような時間だ。
「……帰る」
「なあ」
「なに?」
折角だから、と酒瓶を腕に抱えて立ち上がろうとした山崎に、高杉は視線を向けないまま声をかける。首を傾げて高杉を見た山崎に、
「また来いよ」
という声が届いた。
「……やっぱり何か今日、変……」
ますます赤くなった顔を俯かせた山崎を横目で見て、高杉がクッ、と笑う。
「クリスマスに会えなかったからな」
恥ずかしさを堪えるためにぎゅ、と酒瓶を抱きしめた山崎の手を高杉が柔らかく奪って、楽しそうに笑いながら、その指先にそっとくちづけを落とした。