雪の降る日に拾ったからこの子の誕生日は二月なのだ。
いつか、本人が得意げにそう言ったから、そうなのだ。そこに高杉の意志はいまいち存在していない。確かに拾ったのは自分だが、勝手に居ついたのは本人だ。……まあ、名前は確かに、与えたかもしれない。けれどそれは、呼び名に困っただけの話。
膝の上に預けられた頭を撫でる。深く等間隔な呼吸。眠っているのだ。眠っている時だけは可愛い、と思う。余計な口を利かないし、何より嘘を吐かないから。
退、と名付けた少年は、息をするように嘘を吐いた。
ここにいたいとか、一緒にいれて嬉しい、とか、傍に置いて、とか、好きだとか。
くだらない嘘を吐くのだ。そして歪んだ笑みを浮かべる。きちんと笑えと何度か殴ったが、何度目かには気付いていた。この子は笑い方を知らないのだ。
嘘を吐くときに浮かべる、本物のように薄っぺらい笑い方しか知らないのだ。
可哀想に。
膝の上の頭を撫でる。頬に触れればぽたりと暖かい。安心しきったように力を抜いて、深い眠りに落ちている。可哀想だ。可愛い。愛おしい。
だからはやく手放さなければならないだろう。
「……お前が泣くところを、俺ァ見たくねえんだ」
指を丸めている手を探り当てて握ってみた。暫くして、緩い力で握り返される。高杉はほんの少し唇の端をあげ、その手にそっとくちづけた。
かわいい、かわいい、かわいそう。けれどこの子に与えてやれる優しさなど、高杉には一つだって残っていないのだ。
親兄弟にも認められず無残に死んでいった仲間たちのために全て使うと決めてしまった。
何一つこの世界には残していかないと、決めてしまったのだ。
「籠の扉は開けてやるから、さっさと逃げな。なぁ、退」
雪の降る日に拾ったので、この子の誕生日は二月なのだという。
拾って名前を付けたから、もう高杉の物なのだという。
かわいそうに。笑い方一つ知らないこの子は、世界の全てを高杉に捧げてしまった。高杉が、もういない師と散って行った仲間に全てを捧げてしまったように。
それがどれほど不毛なことで、それがどれほど無意味なことで、それがどれほど愚かなことか、一番よく知っているのは高杉なのに、そんなことに命を捨てる高杉を世界の全てにしてしまった。
不毛で、無意味で、愚かで、哀れだ。
二月六日の朝が来たら、一つの話をしようと思う。その日を一つの区切りにして、なかったことにしてしまおう。
きっとこの子は泣くだろう。嫌だと駄々をこねるだろう。あるいは、あなたのためであるならば、と妙な決意をひとりでして、泣くのを堪えるのかも知れない。
それとも、いつものように好きだと言って高杉の決意を揺らがせるだろうか?
柔らかい黒髪を撫でる。少し体温の高い頬に触れる。手を握る。
この子は嘘を吐くのが上手い。呼吸をするように嘘を吐ける。吐き続ける嘘は、いつかきっと本当になるだろう。かわいいかわいい、かわいそうな子。この子は人から愛されるべきなのだ。
畳の上に放られた一枚の書類に目を移す。入隊届、と書いてある。生年は知らないので適当に書いた。生まれた日は出会った日にした。本人が得意げに言うのだから、それで間違いないのだろう。
正義の味方を気取る奴らなら、きっとこの子を悪いようにはしない。悪人に拾われ騙されただけの、可哀想な少年だ。
手放すと知ったら泣くだろうか。
「……お前を大事だと思わせた、お前の嘘が悪いんだ」
かわいい、かわいい、かわいそうな子。
だからはやく逃がしてやろう。もう嘘を、吐かなくてもいいように。