土方は悩んでいた。
実を言えば今日は土方にとって特別な日だった。
そして山崎にとっても。
とは言ってもそこまで大げさなものではなく、二人だけの記念日と言ったところか。
二人は去年の今日、上司と部下の関係から、恋人同士と呼ばれる関係に変わったのだ。
些細と言えば些細な、けれど人によってはそれなりに大事になるであろう記念日。
そんな今日の日をどう過ごすべきか、土方はずっと考えていたのだ。
女と付き合っているならば、やはり少しは何かするべきなのだと思う。
それは一緒に食事をしたり、ささやかなプレゼントを渡してもいい。
お前と付き合い始めた大切な日を忘れていないのだと伝えることは、例え期待していなかった恋人であろうと嬉しく思うだろう。
だが、山崎は男だ。
しかも、ああ見えて恋愛に関しては淡白なのか、正直土方もなんで山崎が自分と付き合っているのか分からなくなる時があるぐらいで。
山崎の自分への恋人としての執着は、限りなく薄いように思えるのだ。
そんな山崎にどうしてやるのがいいのかも分からなければ、山崎自身が今日という日を覚えているのか甚だ疑問だった。
「副長?どうしたんですか?」
自室でどうしたもんかと悩みながら書類を整理していれば、気が付いたらすぐ側に山崎が居た。
気配には敏感なはずなのに、最近は山崎に関してはあまり気配を感じなくなった。
それは山崎自身が無意識に気配を消しがちなせいもあるが、山崎の気配に土方自身が馴染んでしまったせいもあるだろう。
山崎がどう思っているにしろ、結局ヤルことはしっかりヤっているし、一緒にいる時間は誰よりも長いのだ。
だがそれだけに、山崎がどう考えているのかが分からないということなのだが。
「いや…お前こそどうした?」
「俺は報告に。さっき見廻りに出たらちょっと気になる奴等見つけたんで」
土方が我に返って問い返せば、山崎が訝しげな顔をしたのも一瞬ですぐに報告を始める。
その表情には何も含むものもなく、やはり今日の事は覚えていないのかもしれない。
覚えていないのはいいとして、だとしたらここで何かするのは逆に自分が浮かれ過ぎているみたいで何やら気恥ずかしい。
そして何よりも、喜んで貰えなかったら自分がへこみそうだ。
「副長?」
報告を訊いている内にまた自分の考えに沈んでしまった土方に、山崎が今度は本気で伺うようにして顔を覗き込んで来た。
「本当にどうかしたんですか?具合悪いとか?」
「悪い、そういうわけじゃねーよ。ちょっと考え事してただけだ。で?お前はそいつらどうするべきだと思う?」
慌ててその場を取り繕うように、煙草を出して火を点ける。
考え事をしていても、山崎の話の内容ぐらいはちゃんと訊いていた。
山崎が見廻りに出た先で、あからさまに怪しい男たちの集団を見つけたと言うのだ。
そいつらの後をつけて行けば、着いたのは繁華街の近くであまり治安の良くない地域にある長屋。
場所柄家族向けというよりは単身者が多いその長屋に、不自然な程人の出入りが激しい部屋が一つあった。
何気なく近所で話を訊いてみれば、そいつらは侍と呼ぶには少々柄が悪く、平日の昼間にもどこで働きに行くわけでもない。
明らかに堅気の人間ではないようで、近所の人間も不安がっていると言うことだった。
「俺が見た限りでは攘夷志士というよりも、攘夷志士を騙って小金を稼いでいるチンピラと言った風でしたが…あまり評判も良くないようですし、攘夷志士を騙っている以上無視するべきではないと思いますが」
「そうか」
「もう少し様子を見ますか?」
山崎に問われ、一瞬考える。
ここで様子を見ろと命令すれば、山崎は恐らく今日は自分で様子を見に行ってしまうだろう。
ある程度の情報を拾ってからではないと、部下に任せられないからだ。
ということは、帰るのが遅くなるということで、当然そうなれば悩むまでもなく今日何かをしようということは出来なくなってしまう。
しかし、プライベートと仕事を天秤にかけるわけにもいかない。
平隊士ならともかく、副長たる自分が恋人との記念日を優先して仕事を疎かにするなどあってはならないことだ。
(仕方ねぇ…)
土方は小さく溜息を吐いてから、「ああ」と了承の返事を返した。
案の定、山崎はその後すぐにまたその長屋へと様子を見に行ってしまった。
山崎の上司は土方だったが、土方は指示はすれどそのやり方にまでは口を出さなかった。
最終的にきちんと知りたい情報が入ってくればいい。
だから、山崎がその件を自分で調べようが部下に調べさせようが、それは土方が口を出すことではないのだ。
しかし、今日だけは出来たら部下に任せて欲しかった。
土方はそう思う。
山崎が躊躇いもせずに捜査に行ってしまったということは、やはり今日という日のことを覚えていないということに違いなくて。
そう思うとこの関係も自分の独りよがりな気がして気が塞いでくる。
段々と自分ばかりがこんなことを気にしていることが馬鹿馬鹿しくなってくるが、それでもやはり土方にとって山崎は可愛い恋人に違いなくて。
普段あまり恋人らしいこともしないだけに、こんな日ぐらいは喜ばせてやりたいと思うのだった。
そして土方は結局仕事が終わった後ここまでやってきた。
山崎が捜査しているはずの長屋だ。
どうやって捜査しているのかまでは訊いていないが、今回は潜入しているわけでもないだろうから電話すればすぐに捕まるだろう。
そう思って近くまでやってきた土方は山崎の携帯に電話をかける。
すると、すぐにコール音が響いたので、電源は切っていないようだった。
『もしもし?』
「どうだ?何か分かったか?」
『はい、やっぱりただのチンピラですね。後で帰ったら報告しますが、何か騒動起こした時にさっさと逮捕しちゃった方がいいような輩です』
「そうか、ならもう今日は上がれるな?」
『はい。何かありましたか?』
「そうじゃねーよ。近くまで来てっからそのままメシ食いに行くぞ。隊服じゃねーだろ?」
『え?えーと…隊服じゃないんですけど…』
「どうしたんだよ?」
『いえ、行けば分かりますから。近くってどこですか?』
歯切れの悪い山崎の言葉を訝しく思いながらも、土方は自分がいる場所を携帯の向こうの山崎に告げる。
すぐ行きます。と携帯が切れて十分もしない内に山崎はやってきた。
そしてすぐにさっきの歯切れの悪さが分かる。
「…女装してたのかよ」
「だってこの方が周りが油断するんですよー。でもダメだな」
「どうした?」
「さすがにこうして真選組の副長と会ってるの見られたら、もうこの格好でふらついてても警戒されちゃうかも」
ちょっと待っててくださいねと、山崎がパタパタとビルの中に入っていく。
小走りに急ぐその姿はどう見ても女の物で、大したもんだと感心せずにはいられない。
着替えでもしてくるのかと思えばそういうわけではないらしく、出て来た山崎は相変わらず女の格好のままだった。ただし、さっきとは少し雰囲気が違う気がする。
「メイクと髪型少し弄るだけで違うでしょう?」
素直に疑問に思ったことを訊くと、そう山崎は答えた。
なんと言うか、芸が細かいヤツだ。
女の姿のままの山崎を連れて、いつも入るより少しだけランクの高い店に入る。
山崎はその店を見て一瞬目を見張ったが、そのまま大人しく土方の後ろをついて来た。
食事をする姿もきちんと女のそれで、土方と話しながら笑う仕草も普段の山崎にはないものだった。
何だか調子が狂うと、ぼやきながら食事をする土方に、山崎はケラケラと笑った。
そして食事を終えて、店を出る。
まだ然程遅い時間ではないから、駅前の商店街を二人でぶらつく。
「何か欲しいものあるか?」
本当なら先に何か用意しておいてやりたかったが、男の山崎が喜ぶものなど見等もつかなくて結局何も買っていなかった。
どうせなら自分で選んで貰おうと土方が言うと、山崎の顔が微妙な風に歪んだ。
「どうした?」
「…俺が、今こんな格好だからですか?」
「は?何が?」
「俺が、女の格好だからそんな優しいんですか?」
「何言ってんだよお前」
言い掛かりのような言葉に、思わず土方は苛ついて言葉を返す。
山崎の言っている事が分からなくて、睨むようにして視線を返せば山崎が泣きそうな表情をした。
「いつもよりいい店入ってメシ食って、そんで外歩けば何か買ってやるなんて。そんなんいつもないじゃないですか。やっぱり女連れてる方がいいんですか?」
山崎の言葉に土方は呆気にとられる。
何を言っているんだこいつはとか、バカじゃねーのかこいつとか、そんな言葉が土方の脳内をぐるぐると回るが、最終的に言いたいのはこういうことだ。
「バーカ、何自分にヤキモチ妬いてんだよ」
土方は安心して、思わず笑ってしまう。
何だこいつ、女にヤキモチ妬くぐらい俺のこと好きなんじゃねーか。
そう思ったら機嫌も良くなるというものだ。
いきなり機嫌良さそうに笑い出した土方を、山崎が不思議そうに見る。
「違うっつの。お前、今日何の日か覚えてねーの?」
「え?今日?って…」
見る見るうちに山崎の顔が赤く染まる。
「何だ、ちゃんと覚えてたんじゃねーか」
「覚えてますよ。だって俺は情報を扱う監察ですよ?そういうのを覚えておくのは得意です。得意ですけど…」
「ん?」
「まさか土方さんが覚えてるとは思わなかった…ってことは、だからだったんですか?」
「そういうこと。お前が女の格好してようがしてまいが、同じことだっつの。…まあ、女の格好してた方がひっついて歩き易いけどな」
そう言って、いつもより華奢に見える体を自分の方へと引き寄せた。
傍から見れば、外でいちゃつくバカなカップルに見えるだろう。
けれどこの界隈では珍しくもない。
「で?改めて何か欲しいもんねーの?記念になんか買ってやるよ」
「…付き合って一年記念?」
「おう。それと、初ヤキモチ記念?お前、普段あんましそういうの出さないから新鮮だったぜ?」
含むようにそう笑われると、山崎は顔を真っ赤に染めた。
「ヤキモチなんて…いつだって妬いてます。ただ悔しいから表に出さないだけです」
そう言って、ぎゅっと土方の着物を掴んだ山崎はとても可愛らしかった。
結局、山崎は一本のかんざしを買って貰った。
最初、山崎は何もいらないと言い張ったけれど、土方が「大人しく買って貰っとけ」と山崎のおでこを指で弾くと、「それじゃ…」と店の外で大々的に飾ってあるものを指差した。
それは小物屋で、外にはかんざしや帯紐など、今時の若い娘が好きそうなデザインの物が外にたくさん並んでいた。
「さっきまで女の格好がどうとか言ってたのに、何で女物なんだよ」
山崎が選んだかんざしを見て、土方は疑問に思う。
「いいじゃないですか。お守りです」
「は?お守り?」
「これ付けて潜入に行けば、土方さんに守られてるみたいでしょう?」
俺は守られなきゃいけない程弱くはないつもりだけど、やっぱり好きな人には側に居て欲しいので。
さっき言われたことを気にしているのか、いつになく素直にそうはにかんだ恋人に土方は愛しさが募るのを止められなかった。
一年前よりも今日。
昨日よりも今日。
今日よりも明日。
ただ愛しさは募るばかり。
seven tearsの蓮川さまがサイト1周年記念ということでフリー展示されていらっしゃったので、かっぱらって来ました。
甘い土山本っ当に萌える……退が愛おしくてたまらない土方さんにきゅんってなります。にやけた顔が戻りません。