他人の空似/回廊



「シンメトリーっすねえ」
「うん」
「またこう、ちょっと似たような顔立ちの子たちですね。服も似てる。友達かな」
「そうだな。見ろよ、斬り口もよく似た形してら」
 ひとってのァ、死んだその瞬間から腐れはじめる。
 どこからともしれず虫がわく前にみつかってよかった。
 念入りに化粧をほどこした顔がくずれる前に人目にさらされてよかった。
 そんなことをたぶん思っているだろう、
 死体の顔がひきつれてまるで笑っているようだ。




「山崎、ちょっとおまえ、メンソール入りのたばこ買ってこい」
 鼻の奥ににおいがついて吐きそうだ。
「はいよ」
 制服のポケットを探って出してくる。ここまで気がきくとかえって気持ち悪い。
「どうして我々が殺しの捜査なんて」
「んっとね、それはね、これが連続殺人だからだよ」
「どうしておれが副長と組んで仕事なんて」
「それはねえ、おれに危険がおよんだら君がおれの盾になるからだよ山崎君」
「いやあああ」
 耳を手で押さえてはしゃいでいた山崎はふっと虚空を見つめて何かを思い出すような顔をしてから、
「しかし、きれいな切り口でしたな」急にうっとりと眼をほそめた。
「そうだな」
(ド変態)
 山崎はふだん刀をもたない。鍛錬という鍛錬も、しない。四六時中ミントンのラケットを振り回しているかカバディカバディと騒いでいるかのどちらかで、隊の内外にかかわらず「ああ弱そうだ」としか思わせない態度と見た目だ。 組長同格でありながら平隊服をいつまでも着ているしからだの線も細い、背もちいさい。常時へらへらしている。
 そんな男が本当は相当の人殺しだとしたらどうだろう。こわくはないか。
 こわいが手元においておきたくは、ならないか。
 近くで眺めていたくは、ならないか。
 うっかりそういう気分になってしまった土方はあきらめて山崎をそばに居させることにしている。
 うすぼんやりと口元に笑みを浮かべているだけの顔が突然に無闇にするどくなって鯉口に手をかける瞬間を、そう何度も確かめたいわけではないのだけれど、まあ、仕方なく。だ。
「ところで山崎君。君にしらせていない目撃情報がある」
「はい?」
「身長百七十なかば、中肉。右利き、帯刀。黒の直毛で、まあ長さはこれくらいかな(と言って土方は自分の髪をひと束つまんだ)。あとひとつ、非常に目つきがするどいという。それから、先ほど君も見たとおり、剣は達人らしい」
「ふうん」
「それからこれは鑑識からだが、現場にたばこの灰がおちていた」
「……ワッパ、もってきましょうか」
「何に使うんだ」
「いや、副長にかけますけど」
 困ったことに、本気らしい声音だ。
「おれはやってねえよ。だいたい、やる意味がねえと思わねえか」
「あるでしょう。あんたは案外、変態だから」
 ここでようやく、にこりと笑んだ。「……冗談です」言いだすのが遅すぎる。
「副長、むかついてるんでしょう」
「うん」
「自分大好きですもんね」
「そういうことじゃねえよ」
 近頃肩身が狭い紙巻きを一本咥え、火をつける。
「犯罪者のくせにおれより高ェたばこ吸ってやがる」
「なんでわかったんです?」
「ん、鑑識のオッサンたちがな、ダビドフマグナムじゃねっつってた」
「高いんですか」
「トレジャラーシルバーより安い」
 ああ、むかし入国管理んとこの局長が吸っててあんたが死ぬほど嫉妬したアレですねと、実に無駄な記憶力を部下は披露した。ので一発平手で殴った。
「あいた」
「山崎君。私はそもそも犯罪を憎んでいるのだよ。悪党を誅するのが我々の仕事だ」
 糞。驚いたような顔を、していやがる。
「……そういう取り繕い方、どうかと思いますよ?」
 ふいと横を向く。口元が徐々に緩んでつりあがっていって、人殺しの表情になった。
「副長のくせにあんまりまともな口きかねえでくださいよ。不安になる」
 そう言われて、さっきまで足もとに転がっていた死骸と血だまりが、ほんとうに自分の仕業のような気になった。
 こいつに呑まれちゃいけねえ。とわざとゆっくりと煙を吐く間にその妄想は消える。さて、ひとつ、仕事でもしようか。





 組の仕事はたいがい乱暴だから、物的証拠や状況から緻密に犯罪者を割り出すということはまずしない。
 押し込む、殴る、蹴る、脅す、それで吐かなければ斬るまでだ。
「いつものやり方だと刀振る奴全員とタイマン張らないといけなくなりますから、もうちょっと考えましょう」
 監察方にいるだけあって少しは細かい神経を持ち合わせている山崎は土方の私室でえらそうな口をきいている。
「おまえに考えさせると下手な女装しか出てこねえけどな」
 少しばかりの細けえ神経と潜入捜査がイコールでつながるバカに言われたくはねえなと言って土方はごろりと寝ころんだ。
 死体遺棄現場を見たあとの気分を少し持て余している。
 どうしてこうも、自分でつくったわけでもない死骸がこうも心をさわがすだろう。
「あの切り口から流派やなんかがわかればなあ」
「鑑識に回したからそのうちわかるやもしれませんけどね」
「役にたつのか、あんな頭でっかちの連中が」
「さあ……とりあえずたばこの銘柄はくわしかったじゃないですか」
 懐から数枚の写真を出し、山崎はうすら笑いをうかべた。
「わかるかもしれない人間は組にもおりますが、それでわかったところで副長は喜ばないと思いますよ」
 このなぞかけみたいなしゃべり方が異様にカンにさわるのだ。
「うるせえな。わかりそうなら早くそいつに頼んでこい」
「はいよ。呼んできましょう」
 ……五分ほどの間をおいて、自信満々に戻ってきた山崎のうしろにいた人間を見て土方は眉をひそめた。
「おい山崎君、伊東先生を呼びつけるとは、君ずいぶんと偉くなったじゃないか」
「はあ、土方先生がお困りと思ったので、私なりにない知恵を絞りまして……」
 伊東はむつかしい顔で山崎に促されるままに土方のすぐ前に膝を揃え、かすかに、煙をはらうようなしぐさをした。
「山崎君。窓を開けたまえ」
 ぐ、と灰皿にたばこをおしつける。
 伊東とはさしてつきあいのあるほうではなく、気も合わない。剣の腕がたしかだということも頭がきれるのもしっているが、剣はともかくあまり頭がいいやつは、組にはいらない。
「伊東先生、彼の軽率のためにわざわざご足労を頂いてしまって申し訳ありません」
「いえ、とんでもないことです。私にできることがあると聞いて急いで参った次第で」
 吐き気がするなあと思ってふと山崎を見ると笑いをこらえていた。
「先月末にあった女二人の殺しの件は先生のお耳にも入っているはずですが、類似の事件がまたありまして」
「今朝方遺体が発見されたのでしたね。山崎君からききました」
「……犯人は相当に腕の立つ剣客であろうと推測されます。この写真からわかる範囲で見当をつけていただければありがたい」
 手品のように山崎の手の中にあらわれた写真を伊東はしばらくつめたい顔つきで眺めていて、「北斗一刀流」滑らかな声をだした。
「それは、どういう」
 根拠が。といい終わる前に伊東の表情が厳しいものになる。
「犯人と思われる人物を僕がしっているからですよ、土方先生。……」
 なるほどそれは、たしかな根拠です。
 そんなふうにむしろ軽く受け、「ところでその人物は、私に似ていましたか」きいてみた。
「言われれば、背恰好や顔つきがどことなく。……彼のほうが、よほど好男子ではありますが」
 あんまりはっきり言い切るので、伊東をふいに好もしく思った。みじかく、笑う。伊東は肩をいからせている。




「伊東の野郎、案外にしゃべりましたね」
 山崎はつまらなそうにうつむき加減でいる。
「あのままけんかでもしてくれたらたのしかったのになあ」
「バカかてめえは。するわけねえだろ」
「でも、仲、わるいですよね」
「しらねえよ」
「嫌いですよね」
「うん」
「向こうだって、そうですよ。空気がざらつくもの。
 しかしほんとうに、本名やら在所やら、すぐに言ってくれるんだものなあ。ここまで簡単にバラすんなら、一度目の事件の時に言えばよかったようなものですが」
 さすがに同門の友人となれば伊東先生もはじめは目が曇ったのでしょうかと、言いながら、山崎はにたりと口角をあげた。
「金持ちのひとり息子かあ。興味があります。会いたいな。下手な女装をしてもよろしいでしょうか」
「は?」
「篠原君も使ってみますがよければ書類をつくってください」
「おれに指図する気か」
「はい」
「結局女形か。趣味丸出しだな変態」
「はい」
 なかなかに、うれしそうである。あまり気分がよくないので、額を叩いて室を追い出した。
 伊東の心中をめずらしくはかってみる。あれもたいした侍だと、それほどの理由もなく、ほめてやりたくなった。





 ふたりとも地味な顔立ちだから化粧でもほどこせばよほど似た様子になるだろうと踏んでいたのに、
「微妙にちがうなあ。地味のベクトルが違うんですかね」
「山崎さんの化粧がへたなんでしょう。おれのせいじゃない」
 オカマがふたりでごちゃごちゃ言い争いながら、顔を塗ったり洗ったり塗ったり忙しくしていて、一向に出来上がる気配がない。
「はやくしないと、伊東先生がセッティングしてくれた時間に間に合わなくなっちゃいますよう」
 遠目には見分けがつかない程度には似てきた山崎と篠原を交互に見て、「篠原のほうが紅が濃いようだが」とりあえず口をだしてみる。
「ありがとうございます。で、副長はどうなさるんですか」
「カマにか? ならねえよ」
「ちがいますよォ。伊東先生と、ホシっぽい奴の、食事会」
「カメラ仕掛けて別室から見てる」
 すると篠原が「大丈夫ですか? 高級料亭ですよ」言いやがった。
「べつに物食いに行くわけじゃねえしマナーとか関係ねえから大丈夫だよ。てめえ人をどこまで芋だと思ってンだ」
「え、……いや、どこまでも……」オカマのくせに困惑している。そのうえ失言まで。
「べつにそっくり同じじゃなくていいんだろ? もうやめとけよ気味悪ィ」
 鏡をみるようにみつめあっているすがたが何だかほんとうに薄っ気味わるくて土方はすこしばかり声を荒げた。
「うん、でも、もうすこし……」
「……そうですね、もうすこしだけ」
 同じ色の唇が似た形で動く。なんだかくらくらする。
 山崎はどっちだと言いながら伸ばした手の先で「わかってるくせに」非難じみた低い声、ああ、どうも、間違えたらしい……




 いかにもともだちの少なそうな伊東はどこか浮かれた顔で待ち合わせの駅までホシを迎えに行った。
 同じくともだちの少ない土方は一部屋あけたとなりの個室で監視カメラの調子を見ている。店主の許可を奪い取ってつけたカメラは三つ。まんべんなく室内の様子を観察できるし、声も拾える。
 これでシロだったら伊東の野郎、シメてやんねえとな。とひとりごとを言った声の行き場がない。カメラにはまだだれも、うつっていない。
 ……数分待つのも精神的に耐えられないほどの癇癪持ちの土方にしてはその後の十分すこしはよくがんばった。
 いや、がんばったというのはすこし言い過ぎかもしれない。伊東がなにか失敗すればおもしろいだろうな、だの、おれに似た男というのはどれほどのものだろう、だのと考え続けていただけで結構かんたんに暇がつぶれた。
 剣の修養などほとんどひとりあそびのようなものだ。土方はひとりあそびがうまい。やたらに何かに凝ったりものを集めたりする趣味がないのは、ただ単純に、いちばんはやい時期に出会ったのが剣であったというだけの理由だろう。
 もし違うものに魅入られていたら。と思うことがたまにある。
 ただし、「違うもの」が何であるかなんて見当もつかない。ばかなのだ。
「そこ、段差だから気を付けたまえよ」突然、マイクが伊東の声をひろった。
 ううん。と思わずうなる。伊東のうしろについてきた男の様子を見てである。
 気持ち悪い。まずそう感じた。
 次に、「この男はほんとうにおれに似ているのか」と、今度はすこし筋道のある考えがおこる。
 モニタごしにのぞく男は、美男である。ただし幾分かなよなよしているように思える。伏し目がちだが、注意深くあたりを見回している。
 鏡を見ているとき自分はまっすぐにこちらを見据えている。だからあまり多くの種類の表情を見ることはできない。無骨な、睨むような顔ばかりみている。
 記憶の中の自分の面構えと、いま見ている男とは、あまりに違う。
 まったくの別人だ関係ない他人だと言いきってしまえばおわりのはずが、どうしてこうも不快なのだとまた考え始めたとき、袂の携帯が震えた。
《似てますね。こういう人もいるんだな》
 山崎からの他愛もないメールだが、腹が立つ。仕事中に何を遊んでいやがるとも思う。本人はようやく画面に映りこみ、的のとなりに座ったところだ。
「似てねえよ」
 ためしにモニタに受像しているカメラを切り替えて、そいつの顔を違う角度からのぞく。解像度はもとから高いので、ズームをかける。
 酷薄そうな顔で、目尻がきゅっと上がって妙な力がある。役者顔とでも言うのだろうか。当たり前だが、こちらを見ない。
「伊東君にこんなきれいな知り合いがいるとは恐れ入ったな」
 不意に耳慣れないぱきぱきした声が聞こえた。こんな声をだすのかと、意味もなく感心する。
「警察にはいるときには、やたらに正義に燃えていたじゃないか。いつの間にこんな色好みになったんだい」
 嫌味を言いながら、喉の奥でくくっと笑ったのが鮮明に聞き取れた。
 背筋にうそさむいものを感じて土方は思わず片耳のイヤホンを外す。
 伊東じたい薄気味悪いがこの男も相当だ。いいとこの坊ちゃんはみんなこんなふうなのかと考える。ほとんど絶望しているような気分になった。
 女たちは、その実気味悪がっているだろうに、うれしそうに微笑をうかべている。
 部屋の隅に置かれた刀に、土方は目をやった。ようやく「幕臣なのだ」と思いいたる。ここで気付いた、というよりかは、確認した。というのに近い。はじめから、なぜだか、それ以外には考えられないような気がしていた。
 伊東が当たり障りなく何事かこたえ、男はすぐに女たちから話をそらした。伊東と一緒に剣を学んだころの昔話とみえ、土方の興味を惹くような内容ではさらさらなかった。
 酔いが回るまではどうせ尻尾を出さないだろう。あたらしいたばこに火をつける。
 髪は、土方よりいくぶんみじかい。まめに床屋に行くたちなのかもしれない。
 着物は、当然のように上等な縮緬を着ている。幾度も染めた漆黒である。
 目元に刷いたような朱がはやくもあらわれている。酒はそれほど、つよくないらしい。
 それでもなお、崩れることがない。たわいもない会話を続けている。
 ……この話はもしかしたら事件と関係がある、と思えたのは小一時間も経った頃で、伊東はけだるそうに篠原の肩を抱いていた。
「伊東君には前にも言ったかもしれないけれど、僕の実家はおかしな造りをしていてね。天人相手の商売で急に儲けた祖父と父が、持て余して建てた家だ。敷地に二棟の家が建ち、それぞれはまったくおなじ形をしている。そうしてそれらは長い廊下でつながっている。廊下はぐるぐると家の周りをとりまき、いつの間にかその中心部に連れて行かれている」
 つまらない話だった。なのに話し手はひどい熱をこめていた。奇妙なくらいにだ。
「その片方にはもちろん祖父が、もう片方には父が住んでいたんだ。住んでいたんだけれど、僕は祖父のほうの家に何度も行って、自分の家とはちがったにおいや晩のおかずや祖母のかよわい皮膚をしっていたつもりなんだけれど、ほんとうはずっと違うことを考えていたんだ」
 それは何かね。と伊東が訊いた。はっとするほど正気の声だったが、話す方は自分の声に夢中だったのだろう、気づかないようだった。
「そこにはうちにいる父とは違う父がいて、母とは違う母がいて、僕とは違う僕がいるってことに決まってるじゃないか。そうしてまったく同じ動きで同じことをする。お互いがそうしていることに気づきもしないまま、ごく自然に、何も意識せずに、同じことをしているんだ。夕飯のおかずも一緒、それらを口に運ぶ順番も一緒。僕が学校から持ち帰る宿題も間違える問題も、父からの小言のひとつひとつもみんな一緒だ」
 それは土方にも当然のことのように思われた。こどもの想像力なんてたかがしれている。パターンはいつでもどこかのだれかがつくりだしたものの上に乗っかっている。そうしてそのなかからいちばんキッチュで異常なものを、こどもはかならず選んでくる。
 パラレルな世界は土方も好きなモチーフのひとつだ。
 あのとき近藤に会うことがなかったら、
 あのとき多摩から出ることがなかったら、
 あのとき、……
 考えているとからだがぞくりとふるえることがある。
 もうひとりの土方がみじめな姿でたおれたときだ。
 ああよかったおれの隣に近藤さんがいる。
 ああよかったここは江戸の真ん中にある屯所だ。
 ああよかった、おれは、……
 無意識に舌先で前歯の裏を舐めている。
 画面の向こうの土方が、興奮した様子で伊東のほうに身を乗り出した。
「そういう考えはしばらくの間、そうだな祖父が死んで空いた方の家を父が取り壊してしまうまでは続いたかな。もったいないことをするものだと僕は思ったのだけれど、どうも父は内心では祖父をよく思っていなかったらしかったからしかたがない。同じ家を向い合せに建てるなんて趣味が悪いとまで言っていた。なんて理解のない人間だろうと思ったよ。芸術ってやつにさ」
 片方だけ残った家はいかにも不完全でさみしそうに見えたよと男は言って、
「回廊も半分でぶちんと切れてしまっていた、僕はそんなふうになった家を見ていることができなかった、ふたつあるものはシンメトリーなものはそれだけで完全で完璧なんだからだれもそれらをひきはなしちゃいけない。たとえばきみたちは、」
 ここで突然に指をつきつけられた篠原は狼狽した表情を見せた。おそらく演技ではないだろう。
「いちどそんなふうに出会ってしまったら寄り添ってしまったら決して離れてはならない。でも世の中のそういうものというのはいつか壊れてしまうんだ。いまこんなに似通っているのに、重なってしまえばいいのに、そうしない。双子のきょうだいはわざわざ自分たちを違う道に連れて行ってしまう。わかるかい? そんなのは死ぬほどばかげたことだ。同じに生まれたんだから一生向かい合ったまま睦まじく暮らせばいいんだよ」
 そんな阿呆な話があるものかと醒めた見方をする一方、そういうフェティッシュがある奴もまあいるだろうなあと、いう、気分もある。
 じりじりと指を焼きそうだったたばこを灰皿に置いた。
「ところで君もニュースで見ているかとは思うが、最近この子たちみたいな二人組の若い娘が殺される事件が立て続けにあってね」
 不用意とも思えるタイミングで伊東が切り出した。もう少し話を聞いていたかった土方はぎゅっと眉根を寄せた。
 伊東は苦虫を噛んだような顔でいる。話のどこがかれを不機嫌にさせたのか土方にはよくわからない。きっと伊東にしかわからない微細な箇所なのだろう。
「どうだろう。僕は君がやったと思う。この事件が起きたとき、僕はまっさきに君を思い出した。右手ばかりが刀をもつのは不公平だから左手でも持つ練習をするんだと、言っていたことがあったな。その話が頭に浮かんだんだ」
「あったけれど、それは剣士として不自然のない探求心だと思うけどね」
「死体の切り口にいくぶん不自然なところがあった。左側に倒れていた娘の断面が変にねじれていたんだ。完全に左右対称の死体を、わざとつくろうとするみたいに」
 あ。と土方は声をあげた。
「君は結局左手で剣をもつことができなかった。君のことだから並の人間よりはよほどうまくやったろうけれど、それでも自分の腕に自信をもつことができなかった。左右にいる女に、まったく対称に切りつけることは君にとって絶対に不可能なことだった。それでもどうにかしようとした結果が」
 悲しそうな顔を、伊東はしていた。していたように土方は思った。
「あの死体だ」
 警察関係者の僕にわざわざさっきみたいな話をしたんだ、君だってどこかで、罪を償いたいと思っているはずだよ。伊東は絵空事みたいにきれいな台詞を吐いている。
 土方はじっと息をつめながら、蝶々をつらまえて虫ピンをさすように人を殺したがった時期があることを思い出している。くるおしいくらいにかわいた幸福な時期だ。
 商売でそれをせざるをえなくなるまで、きれいな死体やあざやかな手並みに意味がないことなんてしらなかった。
 しらないままでいられたらおれはこの犯罪者になるのだと、
 たれかに大声でしらせてやりたい。いや、でも、誰に。









 てっきり伊東の手柄になるだろうと思っていたあの事件はどうやら自首ということにするらしい。山崎がしらせてきた。
「でも、どうせ、死刑ですよね。何の理由もなく四人も殺しちゃあねえ。ああいうのをほんとうの変態って言うんですね」
「そうだな変態」
 朝から何度も読み返した新聞の字面をまた追う。大きい、粒子のざらついた写真はだいぶ暗い色調だが、うつっている人間が相当に男前だということくらいはわかる。
「いい男じゃねえか。生まれた時から屋敷があり金があり、自分だって選良の道を歩み幕臣として申し分のない働きをし、
そんな中での幾分かの家族の不和だの自分の中身の軋みだのに目を向けていられる人間ってえのは、こうも無駄に整っちまうものかね」
 不満そうな顔を、山崎はしている。
「何度も言うように、」
「顔の造作はたしかに親戚かと思うくらいだがな、こいつとおれは、中身が違ェ」
「そうですね、高価ェたばこのにおいをさせていましたし。いや、でも、そうですかねえ」
「そうだよ。安いたばこ吸ってると貧乏が骨の髄まで滲みっからな」
 いやそればかりじゃなくてね。山崎が首を横に振る。
「おれなんか、化粧ができて篠原君と向き合ったとき、ああこいつがいるならおれはいついなくなってもいいんだなっておかしなことを考えちまいましたがねえ。土方さんみてえに自分に自信のある方は、そうやって他者と自己とをきっぱり分けられるものなんですね」
 嫌味かと思って見ると、真顔だからこまる。
「あんな、右がどうだ左がどうだ、廊下のつくりがどうだと不自由なことばかり言ってるバカとおれを一緒にするな、殺すぞバカ」
 それに。と、余計なことをつけたしてみる。
「あのバカには一生かかっても区別がつかねえだろうけど、おれや伊東はおまえと篠原の見分けがつくぜ」
 山崎の唇が一瞬ゆがんで、元にもどったかと思うとその次の瞬間には爆発的に噴き出した。「ははっ、どうだか」
「あの店に着く前にね、伊東も間違えたんですよ、篠原だと思っておれの手を気安く掴んじまったんですね。そのときの言い訳ってのがまたすさまじくてさ、おれァほんとに、あのときばかり伊東をかわいらしいと思ったことがなかったですね。
『いや君、女に化けるには指先の手入れも大事だろうと思って精査しているところだ。……それにしても、他人の空似というのもあるものだね……』
 だってさあ。もちろんそのあと、手ががさがさだっつって叱られました」
 あははははは。ひとしきり笑い、息をつき、また笑う山崎の目もとにこまかい皺が寄っている。いつも仏頂面の篠原にはなく、いつもへんに幸福そうな山崎にだけある皺だ。
 この違いをみつけたらもう間違えることも絶えてなかろうと土方はすこし安心している。
 こういうすこし得意なときに、わざと渋い顔をつくってあごに手をやり、するりと一度撫でる癖と、口元にやった指にしみついた安たばこの臭いにかれのオリジナリティがあるが、いずれあまり意味はない。割れた鏡をすっかり片付けてしまったあとのような、すがすがしい、しかしすこしさむい、気分だ。






おにさんこちら!の赤井さとり様より頂きました。66,666hit記念リクエスト企画の際に、リクエストさせていただいたものです。気持ち悪いくらいストーキングさせて頂いているサイトの一つなのです。
リクエスト内容は3つのキーワードのうちいくつかを使って土山、というものだったのですが、それ以外に、女装・シンメ・鴨篠要素が散りばめられていて滾りました(勝手に)
山崎の些細なことを全部把握しておきたくて、そのことによって山崎を所有していたい土方さんにときめきます…!!
転載許可下さってありがとうございました。宝物です。一生大切にします!