きれいなひとはいい匂い



夕刻に届いた潜入用の衣装。山崎は箱のなかの薄紙の包みを開くと、文机の抽斗から香を取り出した。
マッチをすって火をつける、おしろいに似た淡い香りが煙とともに細くたちのぼる。
明日の仕事場は繁華な通りにあるナイトクラブ。防虫剤の匂いに身元を怪しんだりするほど、気の利く相手ではないと思うけれど、香をたきしめておくのはいつものことで、儀式のようなものだった。
衣装を一度纏う時、こころも香りも同じに纏う。町娘でも女中でも、たとえば商売女でも。

山崎は隊服を脱ぐとみどりがかった、深い青色のワンピースに足先をくぐらせて、ノースリーヴに腕を通した。
胸のところでひだを作った仕立てになっているから、平らな胸もうまくごまかせそうだ。
膝までを隠す丈もちょうどいい。いざとなったらこのまま走れる。
ただ、渡来ものだから仕方がないのかもしれないけれど、後ろのファスナーが留めにくく着るのに多少苦労していた。
そこへ、入るぜ、と声がかかる、とほとんど同時にふすまが開かれた。

「なんでィ支度中なら、後にしやす」
「いえ、いいですけどちょっとこれ、上げてくれませんかね」
「お安いご用でィ」
沖田はこうして山崎の部屋にふらりとやって来ては、世間話やなんでもないことをいくつか話して、または話せと言って、半刻ほどで帰っていくのが常だった。
それは山崎も心得ていて、沖田の好きな菓子やせんべいをたいていいつも用意している。
「きれいなもんだ。こうして見てるとミントンばっかしてる地味な山崎を忘れちまいそう」
「それほめてるんですか?」
「うん、たぶん」
するる、とファスナーを上げて、しわを整えるように山崎の背中を撫でた。
「このなか、どうなってんですかィ?」
スカートをまくったら、下着は男ものだった。
「わ、ちょっと!」
いたずら小僧の顔で沖田はけらけら笑いながら、がっかりだ、と言った。
「もう!沖田さん何しに来たんですか?」
「あーそうだった土方のバカを探してるんでィ、近藤さんが用があるらしくってね」
おもしろそうに山崎を眺めながら、沖田はのんびり言う。
「じゃあはやく副長呼びに行ってくださいよ」
「心配しねぇでも、もうすぐここへ来なさるぜ」
自信たっぷりというふうだった。山崎は不思議でならない。
「なんでわかるんですか?」
「ないしょ」

沖田は文机でくらくらと煙を送っている香を、ふう、と吹いた。煙はほどけて、くすぐったくなるような、やわらかい匂いに包まれる。
めずらしいものではないし、特別なにか思い入れがあるわけでもなかったが、なんとなく懐かしい香りだった。
記憶の底にゆったり寝ころんでいるあたたかなものに、今なら触れられそうな気がした。
「いい匂い」
「よかったら、持っていきますか?」
「んー、いいや」
山崎の部屋でなきゃあ、きっとこんなに落ち着かない。けれどそれは言わなかった。
なんでもないやりとりをしているうちに、聞きなれた足音が近づいてくる。沖田の大きな目が得意そう。
「あーほら。マヨ方さんのお出ましでィ」
思ったとおり、足音はふすまの前でぴたりと止まって、ちょっといいか、といつもの低い声がした。
返事を待たず開けた土方は一瞬、沖田に視線を遣って、また山崎に戻して、改めてもう一度沖田に据えて、言った。どう見たってあたふたしている。
「なんでおまえがここにいんだよ」
「山崎に着せてくれって頼まれたんでねィ。土方さんじゃ何するかわらねぇでしょう?このまっ昼間に着せたそばから脱がされたんじゃ、山崎だってたまんねぇですからねィ」
「な、ば、ばか言ってんじゃねぇ!山崎ィ!おまえも支度ぐらい自分でしやがれ!」
ばすん、と思いきりふすまを閉めて、土方は行ってしまった。何か用事でもあっただろうに、それどころではなくなったらしい。
「……後でまた、叱られなきゃなんないですよ、あれ。沖田さんが変な予言するから」
「はは、野郎も俺も、鼻が利くんでねィ」
そう言うと、突っ立ったままの山崎を沖田はぎゅうっと抱きついて、
「きれいなひとは、いい匂いがするんでさァ」
甘えるような口調で言った。
「それにしても、あんなに目ェぱちくりさせちまって」
沖田はさっと腕をといて、勢いよく部屋を出た。
「土方さーん、仕方ねぇから、脱がす役目はアンタに譲ってやりまさァ!」










シロップ9℃のゆりこさまのネタをお借りして娼婦土山を書かせていただいたのですが、交換でこんな素敵なもの頂いちゃいました。海老鯛とはこのことである。
沖田さんも可愛いけど土方さんもすごく可愛い。この後、沖田さんの言葉を意識しすぎて山崎の服を脱がしたくなったけど脱がせない土方さん、でも、わざと脱がして沖田さんに対抗するように丁寧に着せ直す土方さん、でも、どっちでもおいしいと思いました!