耳の奥 繰り返すのは雨の音   雨の音







 特有の粘つく空気はいつの間にか降り出した雨が洗い流してくれたようだった。次第に強くなる雨脚が視界を曇らせ呼吸を奪う。皮膚に付着した血は乾く間もなく流されていく。跳ねる泥。血と雨に濡れた手が滑らないようきつく刀を握り締めた沖田は、雨すら斬る勢いで地面を蹴り、駆けた。
 あがる呻き声。悲鳴。怒号。それは沖田が駆ける傍から溢れ、消えていく。一閃、二閃。沖田の口角があがる。
 血を浴びて気分が高揚していた。笑いだしそうだ。生きている、という気がする。体の奥からふつふつと湧きあがる激情。体を焼き尽くしそうなそれを、刀を振ることで発散する。骨を打つ音。熱い血。
 あともう少しだ。きっとあと、少しで終わる。
 地面を蹴った沖田は、目の前に見えた人影に躊躇わず突っ込んだ。刀を構えて、そして、
(しまっ……!)


 視界を横切る小さな人影遅れる反応止まらない勢い刀を握る手が一瞬反応する踵に力を込め同時に刀を下ろし横へ跳び退って構え直し前方へ飛んで刀を一振り皮膚が裂け血が噴き出し聞き慣れた断末魔の、声。そして。




「……嘘、だろ」
 沖田の手から刀が滑り落ちた。みるみる広がっていく血だまりへ膝をつく。まだ熱を持った血がじんわりと布を濡らす。
 手を伸ばした先にあったのは、小さな体だった。まだ温かい。揺さぶる。目を覚まさない。沖田の手を音もなく血が濡らしていく。白い頬に張り付いた黒い髪。あどけない顔。まだ子供だ。随分と幼い。
 小さな体を抱きしめながら、沖田は後ろを振り返る。血だまりに同じように沈んだ、それは最後の敵だった。殲滅すべき相手で、殺して、静寂。
 それからどうした?
 何がどうなった?
 あれを殺したのは確かに自分だ、刀を振りおろしそうした、腕にまだ感覚も残っている、では  これは?
 揺さぶる。目は明かない。頬を叩く。身じろぎもしない。ぴたぴたと血がいたずらに跳ねる音だけ、雨音の中鮮明に聞こえる。
 腕の中で動かないそれをきつく抱きしめる。雨が沖田の背を叩いて、地面を叩いて、血が少しずつ流れ出していく。
 ノイズ。
 鼓膜に残るそれ。
 叫び声のような。



――――――――――――――――――ッ」







 暗転








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