内密に話がある、と珍しく声をひそめて副長室に呼ばれた山崎は、総悟のことだが、と言いづらそうな前置きの上で聞かされた話に息を呑んだ。
「……目が?」
「精神的なものだそうだ」
 深く肺に送り込んだ煙を、土方は苦い顔で吐き出した。
 山崎は正座した膝の上で握った拳にきつく力を込める。
「百党の討ち入りですか」
「まあ、そうだな。余程見たくねえもんでも見たんだろう」
「報告は」
「生き証人が総悟ひとりだ。今聞き出す程俺も鬼じゃねえ。どの道終わった話だ」
「検分が入ってるでしょう」
「ああ、……それはてめえの領分だろ。知りたかったら部下せっついてはやく上げさせろ」
 灰を灰皿に落とす土方の動作が、いつもより幾分か緩慢だ。疲労しているようでもあるし、動揺しているようでもある。
「あの、それで……」
「熱も高えし、暫く休みだな。士気に関わる。他言すんじゃねえぞ」
「それは……もちろん」
 それで沖田さんは。震える声で聞いた山崎から土方は視線を逸らし、窓の外を顎でしゃくった。その意味が分からず呆ける山崎に、
「道場だ」
 苦々しく、土方が言う。
 ますます意味がわからず硬直したままの山崎に再び視線を向け、土方は深く煙を吸い、吐いて、煙草の灰を再び灰皿へと落とした。
「竹刀握ってやがる」
 止めても聞きゃしねえぞ、という土方の言葉は、山崎には届かなかった。
 届いていたとして、そんな言葉で、不作法に駆けだした山崎を止めることなどできなかっただろうが。





    +++






 熱が高いと土方は言わなかったろうか。道場の中を覗いた山崎は、さあと音を立てて血の気が引くのを感じた。
 白い包帯。
 ぐるりと頭の周りをまわって両目を隠すそれを付けたまま、竹刀を握る沖田は事情を知らず見れば西瓜割りをする子供のようにも見える。
 けれど、まとう殺気が子供のそれではない。
 熱が高いと、土方は言ったはずだ。けれど沖田の足さばきは、驚くほどしっかりとしていた。
「沖田さん!」
 呼んだ声はしんとした道場にぶしつけに響いた。ぴたり、と沖田の動きが止まる。ゆっくりと首が動いて、白い包帯で隠された両目が、山崎の方を向いた。ぐるり。
「何、やってんですか!」
 ばたばたと駆け寄り、止めようと伸ばした山崎の手は、触れる前に跳ねのけられた。ぱし、と響いた音。じん、と痺れる手。「あ…」と山崎の口から呆けたような声が漏れる。
 困惑する山崎から沖田は一歩、二歩離れ、唇を歪めて笑った。
 ひどく不自然な笑い方だ。
「何?」
「何って……沖田さん、熱が」
「こんなの、どうってことねえよ。何、熱があったら、敵は殺さないでくれんの? 見逃してくれんのかよ。関係ねえだろ」
「だって目も」
「目が見えなくなったって人は斬れらァ。試してやろうか」
 言うがはやいか、沖田の握った竹刀がびゅん、と空気を切って、山崎の上に落ち、額を割る寸でのところで、止まった。溢れる殺気がびりびりと山崎の皮膚を打つ。
「おきたさん……」
「目が見えねえから、傍にいたら本当に、怪我しちまうぜ」
 はやくどこかへ行けよ。早口で言う沖田の様子は、明らかにおかしかった。目が隠れているので考えが読めない。笑みの形に歪んだ口元だけ、嘘のように軽く動いている。ぶん、と竹刀を一度大きく振って、沖田は「はやくどっか、行けって」苛立ったような声音で言った。
 熱のこもったそれ。
 頬は少し赤く染まっている。
 山崎は視線を逸らし、竹刀を握る沖田の手を見た。それは細かく震えていた。
「……わかりました」
 きゅ、と唇を引き結んで、山崎は沖田から一歩下がった。その動きと言葉に、沖田は一瞬油断する。
 その隙をついて、山崎は気配を限界まで殺し一気に沖田に近づいた。沖田の手から竹刀を弾き飛ばし、
「刀じゃあんたに敵いませんが、俺の気配はあんたには読めません」
 捕まえるように手首を握った。触れた肌が、驚くほど熱い。
「……っ!」
「沖田さ……あ!」
 逃げようと暴れた沖田の足がふらつき、体がそのまま山崎へ倒れ込んだ。慌てて抱きとめれば、沖田の指が山崎の服に頼りなげに引っかかり、そのまま膝が力を失う。くたりと崩れた沖田の体を山崎は慌てて支えた。額に触れる。ひどい熱だ。
 苦しげに開いた唇が、何か動いて言葉をつづったようだった。
 けれどそれは声にならず、山崎の耳には届かないまま、沖田は意識を失った。





    +++






 少し腕を振るうだけで刃は皮膚を裂き骨を砕き呼吸を奪って人を殺す。
 そんなことはわかっているしそんなことは今更だし自分が終わらせた無数の人生、自分が変えた無数の運命、なんて、言いだしたってキリがない。
 キリがないよ。殺してしまう。きっと、同じように。