すれ違ったとき、白粉の香りがした。
ふわりと香ったそれに思わず振り向けば、そんな俺の気配に気付いた副長が同じように振り向いて、怪訝そうな顔をする。
何だ、と短く問われて、いいえ、と短く返した。
俺のその返事に少し黙した副長は、煙草を一度吸って、煙を吐いて、山崎。と俺の名前を呼ぶ。
「夜、部屋に来い」
わかりました、とだけ答えれば、副長はまた少し考えるように俺を見つめて、それから何事もなかったかのように前へと向き直り歩き出した。
その背中を暫くの間見つめてから、俺も同じように踵を返す。
振り向いたとき副長の、隊服のスカーフの、その隙間から肌が見えて、覗く赤い痕に、俺が気付かないとでも思ったのだろうか。それとも、気付くと知っていてどうでも良かったんだろうか。
唇をゆっくり引き上げて、目を細めて、笑みの形を作る。
ああもう本当に、あの人はどうしようもない人だ。
「うそつき」
もう俺以外抱かないと、勝手に約束したくせに。


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