※IN鬼兵隊
「だってあの人は俺を犬だと思ってるんだもの。忠犬だと信じて、俺のことを疑いもしない」
「それァお前が、忠犬の如く振舞っているからだろうよ。俺も時にひやりとするぜ。まさかお前が、俺を裏切るとは思っちゃいねェが」
高杉の指で遊ばれている煙管が、山崎の顎に当てられる。顔をくっと持ち上げられて、山崎は薄く笑った。
「まさか、俺があなたを裏切るはずが、ないでしょう」
口元は笑っていて、言葉も軽やかだが、目が笑っていない。
こんな不気味な生き物を、どうして忠犬と思い込めるのか、高杉は不思議でならない。
顎に当てていた煙管を逸らし、すでに緩く着崩れている着物の隙間に忍び込ませる。痛々しい包帯がその胸に巻かれていて、その包帯の下には、深く残った傷があるはずだ。
「裏切りは、しねェとしても。あちら側として死んだら、テメェは結局裏切り者だなァ」
低く笑って高杉が言えば、山崎が煙管に軽く指を絡めて、
「死にません」
ときっぱり言った。
「何故」
「そんなの。だって、」
唇には笑みが浮かんでいて、しかし目は笑っていない。その黒い目の奥に、ただまっすぐと熱が篭っている。その熱は逸れることなく高杉に向けられている。
「だって俺は、あなたのことが好きだもの」
理屈の通らないことを言って、笑ってみせる。気味の悪いことだ。
高杉は煙管を置き、自分の手で山崎の肌を緩く撫ぜた。
好きだと言うならそんな忠誠ではなく、心からの笑顔ひとつ、見せてみればいいのに。
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